1312. 暴走した彼女の手が掴んだもの
「ちょっと遊んでやるぜ」
軽口を叩いた男の右手首から先が、ぽろりと落ちた。断面が鋭すぎて、ゆっくりずれる傷口はまだ血を噴き出していない。すぐに大量の血と激痛が男を襲った。
「ぐぎゃぁあああ!」
「あたくしと遊びたいんでしょう? よくてよ、楽しく踊って平伏しなさい」
容赦なく、次の男の左手の指を切り落とす。珍しく一撃で仕留めないのだなと首を傾げたルシファーは、いつになく荒れた彼女の様子で納得した。新婚旅行中に邪魔されたのが業腹だったらしい。怒りに任せて振るっても、剣技の美しさは見事だった。
「サタナキア、手出しすると危険だぞ」
魔王と魔王妃を守る形で前に立った将軍サタナキアと部下達だが……うっかり間に入ることも出来ずに固まっていた。念のために声を掛けると、サタナキアが苦笑いする。
「獲物を奪った後の八つ当たりが恐ろしいので……護衛に徹します」
若者が多い部下は暴れたりないだろうが、大公一の剣技を誇るベルゼビュートの怒りを受けるよりマシだろう。本気で串刺しにされかねない。その殺気は感じたらしく、部下達も大人しく武器や爪を構えたまま動こうとしなかった。
「も……やめ」
「意気地がないわね、希望通りに遊んであげたじゃない。あたくしや姫様を見るイヤらしい目つきからして、よからぬこと考えてたんでしょ! 腹立たしいったら、もう!!」
叫んで足元で蹲る男の背に剣を刺す。癇癪状態か。ルシファーの指示で、全員数歩ずつ後ろに下がった。
「だいたい、あたくしの夫を連れ去っておいて! タダで済むわけないじゃないっ!」
遠慮容赦なくグサグサと突き刺し、隣で這いずって逃げようとする赤毛を蹴飛ばした。足の際どいところまで露わになるが、凝視する強者はいない。今、目が合ったら殺されるかもしれない。さらに精霊が見聞きした話を聞いたのか、彼女はさらにエキサイトした。
「女を引き剥がして、襲おうだなんて下劣よ。全員切り落としてやるわ」
どこを? 咄嗟にサタナキアを含む魔王軍の精鋭達が股間を押さえる。ルシファーはリリスに庇われた。情けないが、ここは女性同士、リリスが守ってくれるのを祈るのみだ。もちろん本気で危なかったら、全力で退けさせてもらう。
恐怖に震える背後を知らず、ベルゼビュートは宣言通りに使い物にならないよう切り刻んだ。切り落とすなんて可愛い表現では収まらない。悲鳴を上げた赤毛全員が死んでようやく気持ちが落ち着いたのか。ピンクの巻毛を背に放り、剣を鞘に収めた。
「エリゴス、こんな鎖に繋がれるなんて……っ」
駆け寄って涙ぐみながらしっかりと抱き締める。鼻を寄せて、傷ついた前足を引き摺る魔獣が愛情を示した。夫婦再会の感動のシーンだ。
「ねえ、やっぱりメスよね?」
こそっとリリスが尋ねる。ルシファーは静かに頷いた。間違いなくメスだ。まだベルゼビュートが気づいていないのが救いか。
「鎖は解いたわ、傷を治しま……え?」
傷を治しましょうね。と続くはずだった言葉が途切れ、疑問符が口をつく。ベルゼビュートは目の前にお座りした魔獣の股をじっくり眺め、空を仰いでからもう一度凝視した。
「嘘……エリゴスの性別が、え? 切り落とされたんじゃないわよね?」
狼狽えながら、治癒をかけるベルゼビュートは、不要な股間にもしっかり治癒をかけた。もちろん何の効力もない。混乱して覗き込む彼女を、肉球がぐっと押した。さすがに恥ずかしくなったのだろう。
するんと人化したエリゴスは困ったような顔で口を開くが、ベルゼビュートの行動の方が早かった。ぐっと股間を握られ、悲鳴が上がる。
「ベルゼ、実は……ひっ、やめて!!」
「……ついてるわ」
ナニが付いていたのかは察して余りあるが、ルシファーはベルゼビュートの肩を叩き、彼女に大切なことを諭した。
「手を、緩めてやってくれないか」
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