1076. 説明上手になりました

 後ろを歩くアスタロトに文句を言われながら、リリスの手を握る。危険なので踵の高い靴は脱がせ、安全なブーツに交換した。これならば膝下の肌も隠れるし、底が平らなので歩きやすいはずだ。


 レライエは普段から踵の高い靴を好まないので、祭典の時以外は革製の底が平らな靴だった。エルフもそうだが、柔らかい革で足を包む靴が流行っているらしい。リリスも普段はそちらの方がいいだろうか。品格がどうのと騒がれないよう、事前に根回しして手配しよう。


 意識がリリスの靴に向いていることを、アスタロトは何となく察していた。生返事ばかりで聞いていないのだ。適当に相槌を打って誤魔化す主君に、大きく肩を落とした。仕方ありません、この人はこういう人ですから。


 良くも悪くも、後に引き摺らないのだ。自分の失敗がそうなのだから、他人の失敗もしつこく責めない。都合の悪いことは忘れたフリで凌ぐ魔王の、この態度は部下達から評判がよかった。確かにネチネチと失態を持ち出す上司は嫌がられる。敢えてその役を引き受けるアスタロトは、後ろに続くレライエを振り返った。


 翡翠竜なんぞに見初められた辺り、この娘は運が悪いのだ。金銭面での不自由はしないだろうが、とにかく嫉妬深く束縛する。子供のフリで誤魔化すアムドゥスキアスの本性を知る立場として、やはり話しておくべきだろうか。


 迷う間に、ルシファーが火口に到着した。リリスが落ちないよう気遣う手が、腰に回される。しっかりホールドしているが、まあ落ちても結界で防げるだろう。その意味で心配はしなかった。


「すごい、綺麗ね」


 熱を感じないから口に出来る感想だ。


「あ、ピヨだわ」


 火口の内側、マグマが踊る火の海を泳ぐアラエルの背中で、青い雛が飛び跳ねている。赤い火の海で、青い雛はとても目立つ。逆にアラエルは保護色のように溶け込んでいた。


 すでに到着した2匹は、他の鳳凰を連れてこちらへ泳いでくる。どうやら、夫婦喧嘩をした鳳凰らしい。ドロドロのマグマをかき分け、器用に泳ぎついた。身を震わせて火の粉やマグマを払うと、ふわりと飛び上がる。


 あっという間に、火口付近に立つルシファーの前にひれ伏した。


「この度は申し訳ないです。おれが妻と喧嘩したせいで、姫が風呂に入れないと聞きました」


「ごめんなさい。温泉街が無事だったんで安心してしまって」


 夫も妻も申し訳なさそうに頭を下げる。アラエルと同じ、赤い鳳凰種だ。金色がかった羽は美しく、孔雀のような頭飾りもついていた。雄より雌の方が地味なのは、鳥に共通の特徴だ。


「火口の形が変わったと聞いてな。どの程度か確認に来た。そう気に病むでないぞ」


 仕事バージョンで対応する魔王に、側近の吸血鬼は満足げに頷く。やればできる魔王なのだが、手を抜きたがるのが頭痛の種だった。


「あの辺りです」


 鳳凰が示した一角は、ぽっかりと穴が開いていた。明らかに人為的な穴だ。かなりの大きさだが。


「状況を説明してもらえるか?」


「ピヨ、見てた! おじちゃんが若い雌に見惚れてたところを、おばちゃんのキックがどん! で、あそこに刺さったの」


 ピヨの文章が説明くさい。もしかして、すでにあちこちで何度も吹聴して歩いたのではないか? 疑いの眼差しを向けられたアラエルが、渋々付け加えた。


「他の鳳凰や調査に来た温泉街の人達、デカラビア子爵家の火龍を含む……ざっと20人前後は……」


 同じ説明をし、いくつか質問されて付け加えるうちに文章が完成したのだろう。鳳凰が刺さったとなれば、確かに大きさ的にぴったりだ。目撃者の証言に、加害者である妻は顔を隠し、突き刺さった夫が遠い目で空を見上げた。

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