729. 事情聴取は正座が基本

 連れ帰った人狼は子狼を抱っこしたまま、ソファに座る。向かいに腰掛けたルキフェルが、調査票片手に聞き取りを始めた。


 今回の事件は不幸な勘違いから生じていた。子狼を連れて祭りの見物に来た人狼は、初めての城下町で逸れてしまった。必死で探した子供が、知らない者の腕に抱かれていれば、取り戻そうとするのは親として当然だ。


 不幸なことに人狼は魔王の姿を知らず、さらに強大な魔力をもつ強者に、弱者の我が子が囚われたと勘違いした。その顛末を調査票に記し終えると、ルキフェルの興味は人狼そのものへ向かう。


 数万年を経て蘇った人狼は、1万5千年前後の若い大公ルキフェルにとって、見たことがない種族なのだ。興味は尽きない。


「父親が狐獣人で、母親がエルフ……と。まったく人狼と関係ないね」


 数万年振りの人狼は、10世代以上隔てた復活なので、どちらの血筋に人狼が入っていたか不明だ。しかも生まれた子供は狼姿だった。他に人狼が発見されなければ、突然変異扱いとなる。


 種族復活の鍵を握っていると言われた人狼は、困惑顔で膝の上の子狼を撫でた。この子が将来人狼となるのか、魔狼のまま生きるかはわからない。


 他の兄弟はすべて狐獣人だったり、エルフだった。そのため一時期は浮気を疑われた父母のケンカの原因となってしまい、彼は己の姿をあまり快く思っていない。はっきり言えば恥じていたが、希少種だと言われ驚くしかなかった。


「君が子供の頃は、4足歩行だった?」


「……両方併用していた」


「この子狼が2本足で歩いてくれたら、種族復活の確定が取れるんだけど」


 少なくとも2個体以上の現認が必要とされる要件を口にしながら、少し離れた場所で腕を組むベールを振り返った。


「どうする? 経過観察するなら、魔王軍の管轄だけど」


「ええ。説教が終わったら決めますので、少しお待ちください」


 ルキフェルに丁寧に答えた後、足元の絨毯に正座したルシファーに向き直る。むすっとした顔で抗議する魔王へ、魔王軍指揮官は腕を組んだまま反省を促す。


「陛下、報告や相談をしてくださいと何度も申し上げております。我々も反対ばかりするわけではありません。きちんと陛下の意向や希望も受け入れてきました」


「そんなことない!」


 かなりの割合で却下されたり、条件をつけられるルシファーは即座に声をあげた。反対された記憶はしっかり残っている。


「大半が荒唐無稽なため、お断りしているだけです。納得できる内容ならば許可していますよ。そもそも、なぜ襲われた事実を隠そうとするのですか。彼を罰するとは言っていないでしょう」


「でも罰するんだろう?」


「状況によります。民にケガ人も出ておりませんし、貴重な人狼個体ですから、いきなり消炭にしたりしません」


 きっぱり否定したベールに、リリスが発言を求める。


「あのね、ベルちゃん。いいかしら」


「呼び方はともかく、お話は伺いします」


 柔らかな毛足の長い絨毯の上に正座させられた魔王の膝に座るお姫様は、痺れた足に顔をしかめるルシファーの髪を掴んで大きな目を瞬いた。


「だって、ベルちゃんでしょ?」


「その議論は後回しです」


 何度も撤回を要求した呼び名だが、リリスは「ベルちゃんはベルちゃん」という謎の理論で譲らなかった。流されてきたベールとしては、正式に訂正を求めることを諦めていない。リリスが素直に聞き入れるかは、また別の話だった。


「過去に話を聞かず消炭にしたサテュロスの例もあるわ。ルシファーが心配するのは当然だと思うの」


 魔王史に残されたサテュロス大炎上事件は、正式名称を『魔王陛下の隠し財産盗難未遂事件、2回目』として記録される。隠し財産と表現したが、要は個人資産を城内の部屋に放置し、それを見つけたサテュロスと呼ばれる半獣人族が持ち逃げした。


 その時期ルシファーが別の件で手一杯だったため、事件の対処に当たったのが魔王軍であり、指揮官のベールだ。追いかけたサテュロスを連れ帰るように命じられたベールは、見つけるなり犯人を焼いてしまった。


 鳳凰族と同じ炎獄を操る幻獣霊王の攻撃に、サテュロスは一瞬で燃え尽きた。その炭を持ち帰ったベールと、怒ったルシファーの間で戦闘が始まり……それが通称名となった『サテュロスが原因で、魔王城が大炎上した事件』として歴史に名を残したのだ。なお、魔王城はその際にほぼ全壊し、落城したと伝えられる。


「リリス様、人の過去を掘り起こせば、自分も同じことをされますよ。これからの長い人生……いろいろあるのですから」


 笑顔で諭され、リリスは大人しく頷く。逆らってはいけないと警鐘を鳴らす本能に従い、お姫様は口を手で覆った。

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