232. この人……だぁれ?

 風の魔法陣を転送して、オークの足元で展開した。群れの半分ほどが乗ったところで発動させる。オークが、サイコロ状に切り裂かれて落ちた。


 切れ味がよすぎて、あまり血も吹き出していない。手のひらに乗る大きめの肉片を、空を旋回していたワイバーンが奪った。追い払う魔熊もかき集めた肉を仲間と死守する。さらに隙間をぬって、狼達が肉片を咥えて逃げていった。


「うーん、予想外の簒奪さんだつ戦になった」


 最初に倒した15匹、続いて細切れにした16匹があれば、そこまで争う必要もないと思うが、なぜか激しい奪い合いが繰り広げられる。最終的に魔熊が一番多くせしめた。食べる量や体格からいって順当だろう。


「オーク退治は終わりだな」


 騒がしい上空を見ていたリリスが、ワイバーンを指差す。嫌な予感がして止めようとしたルシファーは遅かった。


「バーン」


 リリスの声と同時に、ワイバーンが1匹落ちてくる。ばちっと痺れが走ったので、どうやら雷を使ったらしい。目の前で多用したルシファーが言うのもおかしいが、雷に関する魔法は消費魔力が大きく使える者が限られる属性だった。


 ルシファーと似たリリスの魔力が、同じ特性を持っている可能性は高い。つまり得意な属性や魔法が同じだという意味だ。


 当たったと喜ぶリリスの上に、生肉が落ちてくる。結界に弾かれる形で足元に落ちたのは、ワイバーンが拾ったオーク肉だった。どうやら食事中のワイバーンを撃ち落したようだ。


「リリス、ワイバーンも持ち帰るのか?」


 基本的にワイバーンは魔獣の餌しか使い道がない。ヤンは食べるが……この場の魔熊達も食べるはずだ。ならば置いて帰っても構わないと考えたルシファーへ、リリスは無邪気に「ヤンにお土産」と笑った。以前ワイバーンを狩った際、ヤンのおやつになったのを覚えているのだ。


「わかった」


 とりあえず城門前に転送した。収納して持ち歩いてもいいのだが、城門前で警護するヤンに届けておけば帰る頃には処理してくれる。魔法陣で転送されたワイバーンが消えたことで、リリスがルシファーの髪をひっぱった。


「パパ、トカゲ消えた」


「ヤンのところだ。ちゃんとアスタロトに言付けて、ヤンに届けてもらうから大丈夫だぞ」


「うん。ヤンは喜ぶかな~」


「リリスのお土産だから、大喜びするさ。オレだって喜ぶぞ」


 たとえ食べられないワイバーンをもらっても、満面の笑みで食べてみせる! 奇妙な自信を滲ませるルシファーの断言に、リリスは幸せそうに笑った。





 村に戻ってオーク殲滅の報告をすると、長達は大喜びした。そのまま歓迎の宴に突入し、リリスはハーピーの少女と仲良く踊っている。中央で大きな火を焚いて、その周囲で輪になって踊る祭があるハーピーにとって、今回の魔王によるオーク討伐は匹敵するお祝いらしい。


 断るのも悪いので、用意されたひな壇にルシファーは座った。リリスが踊る姿の可愛さに頬が自然と緩む。注がれる酒を水のように流し込みながら、視線をリリスから離せなかった。


「リリスが可愛すぎる」


 人型の魔族であるハーピーだが、耳と手は羽になっている。鳥と人が交じり合った姿の彼らは、他種族との交流に長けていた。そのため、内政の事務担当として数人のハーピーが城で働いている。しかし内政を司る彼らとリリスに接点はなく、城で会ったことがなかった。


「パパ、お友達できた!!」


「よかったな」


 香りのする藁のような草で編んだ座布団の上に座っていたルシファーに抱きつく幼女を、ルシファーは杯を置いて抱き上げた。胡坐をかいたルシファーの膝の上に座ったリリスが、興味半分で杯に手を伸ばす。飲み干した杯だが、まだ酒の匂いがする。


「ダメだ。お酒だからリリスはまだ早い」


 杯を遠ざけるルシファーの手を追う形で、隣に座るハーピーの女性に気付いた。着飾った彼女は整った顔をしていて、頬を赤く染めている。


「パパ、この人……だぁれ?」


 尋ねるリリスの不機嫌そうな声に、ルシファーは首をかしげた。

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