806. 魔王軍精鋭という独身集団

 がやがや賑やかな家のドアをノックすると、すぐに中から開かれた。顔を見せたのは、首筋に少し鱗を残した青年だ。肌は鮮やかなオレンジ系で、鱗は赤い。人化しても尻尾を残した彼は、ルシファーの姿に目を見開き「どうぞ」と言葉少なに招き入れた。


「邪魔するぞ」


 すたすたと中に入るルシファーの慣れた様子に、様子を窺いながら後ろの少女達も続いた。


「あれ? 魔王様じゃないっすか」


「珍しいお客様だ」


 狭い家ではないが、大柄な男たちが何人もいると圧迫感がある。物おじしないリリスはにこにこと笑顔を振りまいた。ルーサルカは逆立ってしまった狐の尻尾を宥めるように抱きしめる。


「もしかして……星降りの、未婚女性」


「「「やった」」」」


「「さすが魔王様だ」」


 花飾りのないルーサルカとシトリーに気づいた男たちは、わっと盛り上がった。どうぞと勧められるまま、大きな机の正面に座る。少女達は遠慮しながらも、あっという間に譲られた椅子に押し込まれた。ガタイのいい大柄な異性に囲まれ、婚約者のいない2人は困惑顔になる。


「安心していいぞ、柄が悪そうだが魔王軍の精鋭達だ」


「紹介がひどいっす」


 ドラゴンの青年が尻尾を揺らしながら抗議する。どっと笑いが起きて、外に漏れていた騒がしさの原因が理解できた。


「エリゴス子爵家のシトリー嬢?」


「えっと?」


 シトリーは見覚えがないのか、首をかしげた。赤い竜の鱗を首筋に持つ青年は、さきほど入り口を開けた青年だ。じっと見つめてから、頬を緩ませて赤い髪をかき上げた。


「やっぱりそうだ。覚えてないか? 子供の頃に温泉街に家族で来ただろう? お兄さんと3人で遊んだんだが……」


 アラエルがピヨを落とした火口の地熱を利用した温泉街は、ルシファーも屋敷を持っている。混浴騒動が起きたあの屋敷から少し下った場所に、一大観光地の温泉街があった。カカオの実を育てたのも温泉街で、最近では名産品が増えたと聞く。


 かの土地はデカラビア子爵家の所領だった。その息子だろう。確かにあの土地は炎龍の一族が治めていたはずだ。記憶をたどったルシファーの隣で、リリスが「また温泉にいきましょうね」と無邪気に提案する。大きく頷いたルシファーはもちろん、ルーシアやレライエも嬉しそうに微笑んだ。


「あ、思い出した! 温泉宿の納屋で遊んで、うっかりボヤを起こした……確か、グシオン!」


「そう、グシオンだ。思い出してくれてよかった」


 特別整った顔立ちではないが、笑うと左上の八重歯に似た牙がのぞく。他の牙は収まっているのだが、この牙だけ長いらしい。それが悪ガキっぽさを表情に加え、どことなく憎めない雰囲気だった。


「なんだ、このやろう。抜け駆けする気かよ」


「知り合いの女の子がいるなんて、ずるいぜ」


 周囲の同僚に小突かれながらも、ちゃっかりシトリーの隣を陣取った。羨ましそうなルーサルカは、尻尾を抱っこしたまま見回す。特に気になる男性はいなかった。男性側も熱い眼差しを向けてくるが、ルーサルカは大きな狐尻尾を抱っこしたため、胸元が見えない。花飾りの有無が判断できず、話しかけにくい雰囲気を作っていた。


 ルーシアとレライエは、花飾りをしっかり見せつける。レライエに至っては、抱っこされた翡翠竜が鋭い視線を飛ばすので、誰も声をかけなかった。


 当然である。竜族の中でも最強の瑠璃竜ルキフェルに次ぐ実力者なのだ。うっかり婚約者に手を出そうとしたら、瞬殺されるのは目に見えていた。魔王軍の精鋭たちは実力者ぞろいなので、翡翠竜が小さな姿をしていても侮ったりしない。


「落ち着け、アドキス」


 後ろを通っただけの竜人を威嚇する婚約者の見境のなさに、仕方なく声をかけて宥め始めたレライエ。苦笑いして見守るルーシアの余裕が、ルーサルカは少し恨めしい。無理やり今夜、恋人を見つけようと思っていないが、何かときめきのある出会いがあってもいいのではないか? 尻尾の毛を整えながら、心の中でぼやいた。

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