964. フンかと思った!
魔王城で書類整理の仕事を終えて外へ出ると、見たことのない鉄の山があった。困惑顔の門番アラエルが周囲を回っている。
「どうしたの、アラエルさん」
「仕事が終わったのか。このフンの処分に困ってる。ベルゼビュート大公閣下が送ってきたんだが、人族の落とした物らしいぞ」
「そうなの」
適当な返事をしながら通り過ぎようとしたアンナだが、後ろにいた兄であり夫のイザヤが足を止めた。落ちている大きめのフンに似た何かを摘む。
「汚いわよ?」
「いや、糞じゃないぞ。鉄と合金……銃弾じゃないか?」
「……銃弾?」
首をかしげたアンナは、ぽんと手を叩いた。城内で先ほどすれ違ったアベルは、モデルガンに詳しかったかも。そんな話を聞いた気がする。
「アベルを探してくるわ」
「頼む」
魔法を習い始めて、一番上達したのはアンナだった。人族に聖女と呼ばれた過去とは関係なく、元々の素質があったらしい。ファンタジー映画も好きで、指輪や宝石に魔力を込めて魔法を使う方法を提案し、現在ルキフェル達の研究室が作製を試みていた。完成すれば、アンナも立派な魔法使いである。
魔法陣の理論を覚えるのが早くて得意なので、いずれは研究職に進んでみたいと考えているらしい。そのためにも、宝石に魔力を入れて使うシステムがあれば助かる。研究するルキフェルやストラスは自らの魔力が足りなかった経験はほぼない。ただ、アルラウネのように狩られる弱い種族を守る手段の一つとして、研究と試作の完成を急いでいた。
ぱたぱたと足音を立てて駆けていく妹を見送り、イザヤは足元の粒をまた拾う。先ほどのと並べれば、大きさが少し違った。どうやら数種類の銃弾が混じっているようだ。薬莢と呼ばれる筒状の部分だけ残った物もあり、丁寧に分類を始めた。
「手が汚れるぞ」
「ああ、問題ない」
アラエルの声に、イザヤはぶっきらぼうに返す。だがアラエルはピヨにあしらわれることに慣れてしまい、返事をするだけイザヤを好印象で捉えた。
「手伝おう」
クチバシと爪を器用に使い、アラエルも分類を始めた。仕事終わりに通りがかったリスの魔獣が、きょとんとした顔で銃弾の山と鳳凰を見比べ、日本人のイザヤに目を留めた。
「何だ? それ」
「銃弾だ。仕分けている」
火薬の臭いがする鉄を見ていたリスが、仲間を呼び寄せた。バケツリレーの要領で、手際よく手伝い始める。魔王城の入り口は、現在……銃弾により封鎖されていた。通りがかる種族がみんな興味を示し、足を止めてしまうのだ。
気づけば日が落ちてかなり暗くなった城門前は、篝火を焚いて仕分けに勤しむ多種族がざわざわと情報交換をする場に変貌していた。
これだけの騒ぎ――魔王城一の好奇心の塊が、引っかからないわけはない。ダンスレッスンを終えた帰り道に、黒髪のお姫様は見事に吸い寄せられた。彼らの様子をしばらく黙って見ていたリリスは、ルシファーを召喚で呼びつける。
「ルシファー!!」
城門前に最強魔王の召喚だ。久しぶりに集中して執務を行なっていたが、リリスの呼びかけを無視できるはずがない。城内で転移できるように許可したアスタロトがいれば、使用目的が違うと頭を抱えただろう。これは緊急用の措置で、魔王と魔王妃の転移を許可しただけ。私用で呼び出すのに使うなど、完全な権限の乱用だった。
だが口煩い側近達が留守の今、魔王と魔王妃の暴走を止める者はこの城に不在だった。
「どうした?」
「これ見て、凄いでしょ」
自分の手柄のように誇るリリスに曖昧に頷き、ルシファーは状況の把握を始めた。当初フンだと思われた人族の落とし物か、回収品は、城門預かりとして送られている。つまり分析の必要を考慮して、種類ごとに分けた。大まかな事情を飲み込んだところで、リリスは一緒に混じって拾い始める。
「姫様、手が汚れます」
アラエルが注意しながら、爪を立てた銃弾を左へ放り投げた。積み重なった山にポトリと落ちる。リス、フェンリル、魔狼の子、虹蛇、鳳凰、日本人、ドワーフ、エルフ……他にも暗がりで作業する者がいた。
「これ、何かしら」
引きがいいのか。リリスはこの場でまさかの……パイナップル型手榴弾を拾い上げた。
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