965. 離しちゃ、だめっ!!

「見て! 私が拾ったのが一番大きいわ」


 得意げに掲げてみせる。銃弾や薬莢から見たら、比べるまでもなく立派な大きさだった。


「本当ですね」


「これは大物だ!!」


「さすがは姫様です」


 皆が口々に褒めるため、リリスはさらに高い位置に手榴弾を掲げた。


 パイナップルはこの世界にも存在する。温泉地で栽培されるが、それは日本人が知るパイナップルの2倍だった。異世界の環境がいいのか、温泉地の火山灰の影響か。お化けのように育つのだ。

その巨大フルーツと比べたら、小さ過ぎた。


 作業に没頭していたイザヤが顔を上げると、手榴弾を握るお姫様にきづく。声を掛けて取り上げようと考えたが、その前に駆け寄った勇者がいた。


 比喩ではなく、本当の勇者だ。肩書に「元」の文字が追加されるアベルは駆け寄り、隣で微笑ましげに見守る保護者にまくし立てた。


「ちょ! 魔王様、あれはパイナップル型手榴弾って言って、危険だぞ。爆発するからそっと下ろさせてくれ。投げるなよ、解体するなよ……いいか、冗談じゃなくて、爆発したら危険なんだ」


 危険という単語を連発して、何とか手榴弾を捨てさせようと試みた。しかし投げて爆発されても困る。魔王ルシファーが取り上げてくれたら、一番安全かもしれない。アベルが話す内容を、リリスは話半分に聞いていた。


 彼女の耳に残ったのは「パイナップル」と「投げるな」だけだ。繰り返される「危険」や「爆発」はスルーされた。


 リリスの知るパイナップルは大きい。視察で回ったときに、収穫間際の実を見せてもらったが、あれの小型版だろうか。だったら小さくても甘酸っぱいはず。剥いてリスに分けてあげよう。


 悪気なく、親切心で皮を剥こうとして上のレバーをいじる。だがピンが刺さっていることに気づいた。


「どのくらい危険だ?」


「人が吹き飛んでバラバラになる。僕の世界にあった武器で、たくさん死ぬんだ。だから……ひっ!」


 リリスに背を向けた状態のルシファーと話すアベルが、怯えた様子で頭を抱えた。焦ったルシファーが青ざめて振り返った時、リリスはピンを抜いた。だが幸いにしてレバーをギュッと握っていたため、すぐ爆発はしない。モデルガンに興味はあったが、手榴弾の扱いなんて詳しくなかった。


「リリス姫、絶対に手を緩めないでくださいね。今取りに行きますから」


 アンナは映画で観た知識を総動員する。確かレバーを握っていれば、ピンを抜いても平気だった。ピンが安全装置だったから……。


 ドキドキしながら近づこうとするが、足が震える。その姿に危険度を感じたルシファーが慌てた。きょとんとした顔のリリスは、青ざめたルシファーに首をかしげる。それでもアンナの言葉を守って、小型パイナップルをしっかり握っていた。


 彼女がなぜかゆっくり歩くので、指が疲れてきた。手を緩めない……つまり、離さなければいいのよね? 頭の中で都合よく言葉を変換するのはリリスの得意技だ。見かねたイザヤがアンナに話しかける間に、リリスは右手から左手に持ち替えようとする。


「離しちゃ、だめっ!!」


 指を緩めた瞬間、レバーが抜ける前にルシファーが上から掴んだ。リリスの指ごと握り、後ろを振り返る。


「掴んだぞ、これからどうする?」


「アンナの説明だと、リリス姫がピンを持っていると。それをレバーの穴に刺してください!」


 イザヤが叫ぶ。放り出されたアベルも駆け寄った。魔族にとって外傷は治癒が可能で、身体が丈夫なので死ににくい。しかし人族である日本人は手榴弾が破裂したら確実に死ぬ。にもかかわらず、アベルは躊躇しなかった。


「姫、ピンは?」


「ピン……??」


「丸い輪を引っ張らなかったか? 大きめの指輪だ」


「ああ、ここよ」


 左手の人差し指に下げたままの輪を取ろうと、アベルが手を伸ばす。リリスに触れる前に阻止すべくルシファーが邪魔をした。ぽろっと落ちた輪を追ってリリスが手を離す。


 そして手榴弾のレバーが、ピンと軽い音を立てて空に跳ねた。

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