08. 賭けは勝ちに行きます!
最近子供を生んだばかりの魔族の娘は、こころよく母乳を分けてくれた。城門に捨てられた赤子を魔王陛下が引き取った話は、すでに城下で噂になっている。
人族の赤子を引き取ったことに反発はなく、誰もが顔を見合わせて「ああ、またか。今度は短命の種族だね」程度の感想が飛び交う。
面倒見がよいのか、逆に無責任なのか。以前も神龍族の卵やら灰色魔狼の子を連れ帰った実績があるため、魔王が面倒を見るのに飽きるまでの期間が賭けの対象となるほどだ。城下の魔族にとって、魔王の拾い物は娯楽の一環だった。
次は何を拾ってくるかも賭けの対象なのだ。寛大な魔王は気にしていないが、ベールあたりは苦々しく思っているらしい。飽きると世話をアスタロトに押し付けるのも知られている。
強い者に無条件で従う魔族にとって、魔王は最高の強者だ。近寄りがたい存在である反面、熱しやすく冷めやすい性格は欠点ではなく、長所として受け止められた。親しみやすい魔王だと。
「悪いわね、助かるわ」
受け取った母乳が入った瓶を手に礼を言うベルゼビュートへ、我が子を抱いた猫耳の女性はひらひら手を振って気にするなと笑った。
「いいわよ、この程度。それより今日だけじゃないわけだし、乳母役が必要になるわよ」
「そうね……あたくしから提案してみるわ。その場合、あなたにお願いしてもいいかしら?」
「旦那に相談してみるけど、たぶん大丈夫ね」
顔馴染でもある栗毛の女性に「ありがとう」と再度礼を言って踵を返す。その場で転移してもいいのだが、折角だから賭けの受付に向かった。
「金貨1枚を1ヶ月に賭けるわ」
ふわふわしたピンクの巻き毛の美女は、取り出した金貨片手に無邪気に言い放った。
ほとんど重さを感じない赤子を抱いたまま、ルシファーは悩んでいた。ひとつは赤子の世話に関して何も知らないことだ。そちらはアスタロトを頼るつもりなので、それほど深刻に考えていない。もうひとつの悩みは、赤子の名付けだった。
魔族は上位者に名付け親を頼む習慣がある。魔力量が多かったり、役職が上の者に依頼するのだが……魔王として君臨する彼に持ち込まれる事例は少ない。ほとんどが手前でベールやアスタロトに却下されるためだ。
魔王が名づけを行ったのは、自分が拾ってきた存在くらいだった。そういう意味で、今回も赤子に名付ける予定なのだが……実はルシファーの名付けセンスは、控えめに言っても最悪らしい。
「何がいいかな」
男女の別もわからぬうちに、名前を考え始める。頭を抱えたベールはさっさと下がってしまい、付き添う形で養い子のルキフェルも消えてしまった。アスタロトは調べ物があると席をはずした。
意見できる側近がいない謁見の間で、魔王は真剣に頭を絞る。
「ルシファー様、母乳をお持ちしましたわ」
唸っている魔王の前に駆け込んだベルゼビュートは、見回してアスタロトがいないことにほっとする。謁見の間で礼儀を欠くと、彼に説教される。急いでいたのは、賭け予想を真剣に読んでいて遅くなったためだった。
せっかく貰った母乳が冷たくなってしまう。
大きな胸の間に挟んでいた瓶を引っ張り出し、まだほのかに温かい母乳を差し出した。
「助かった」
受け取った魔王は瓶の蓋をあけ、抱いた赤子の口元で傾ける。慌てたベルゼビュートが魔法で母乳を球体にして回収し、母乳の瓶をひったくった。
「何してらっしゃるの!」
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