930. 個性が強すぎると纏まりがない

 人族はいままで勇者絡みで魔族を攻撃してきたが、向かう先は常に魔王城だった。


「バカの一つ覚えで被害が少なく助かっていましたが……今回は妙ですね」


 いつもなら魔王城へ向かうルートをたどり、道中の魔族は道を開けて被害を減らす。それが徹底されてきたため、魔族は勇者一行を襲わない。なのに反対側にある巨人の街へ向かった理由が不明だった。魔王への襲撃は、キマリスによって父に報告され、即座に魔王城へ連絡が入る。


 たまたま連絡を受けたのがアスタロトだったため、彼は即座に転移した。足元からぞろりと現れたアスタロトを踏みそうになり、ルシファーが慌てたのはご愛敬である。

 

 自称「魔王を倒す有志」だという数人の人族を前に、アスタロトが溜め息をつく。ルキフェルもベルゼビュートも珍しく、獲物を数人ずつ残したのだ。手足のないだるま状態の者も見受けられたが、魔法で傷を塞がれたのでそのまま生きるしかあるまい。


 まあ、話を聞いた後の彼らは森の魔獣の餌食だろうが……。同情する気も起きないルシファーは、温風魔法陣の指導に忙しかった。風邪を引かないよう乾かす方法として、温風の使用を教えたのだ。そこにルーシアが水を消し去る魔法文字を加えてはどうか? と提案した。


「なるほど、その方が早く乾くか」


「ルシファーはいつも使ってたじゃない。気づいてないの?」


 きょとんとした顔で首をかしげるリリスの黒髪は、まだ湿っている。少しうねる黒髪を、これから温風と愛用のオーク毛ブラシで直さなければならない。豪華なソファを無造作に地面に設置したルシファーが手招き、リリスの髪を乾かし始めた。


「そうだったか?」


「魔法陣使わないときは、水も同時に蒸発させてたわ」


 魔法陣を消して試すと、確かに乾かす時間が圧倒的に早い。横で真剣に勉強するルーシアが低温で消える水に首をかしげた。仕組みを解明しようとする辺りは、ルキフェルに近い性質の持ち主らしい。ルキフェルは全身の水をさっさと弾き飛ばし、上着を羽織っていた。まだ毛先が濡れている。


 各々に大公女達も得意な魔法を使って、ドレスや髪を乾かした。ルーサルカが大地の温度を利用し、植物に水を吸わせるという斬新な方法を開発し、ベルゼビュートがさっそく試す。


「これいいわね。あたくしの属性にもぴったり」


 目を瞬かせて驚くベルゼビュートは、乾かしたピンクの毛をくるくると巻き始めた。ストレートになった髪を、慣れた手つきでカーラーに絡める。シトリーは風で乾かしたものの、肌寒さに身を震わせた。


「乾かすのに、温風は必須ですね」


「ひとまず温まろう」


 寒いと呟く同僚に、レライエが枯れ木に火をつけた。仲良く並んで手を翳す彼女らの隣で、翡翠竜が走り回る。小さな手で枯れ木を集めて薪に足すのだが、放り投げようとして失敗した。


 手が短すぎるのだ。改めて拾い上げた枯れ木を掴み、ぺたぺたと小さな足で火の中央まで歩く。そこで丁寧に積み重ねて出てきたが、悲鳴をあげたレライエに捕まった。


「何をしているんだ!」


「え……薪の、追加を」


 アムドゥスキアスの得意な属性は風で、炎ではない。しかし炎の中に平然と入っていった彼は、己を冷風で包んで保護していた。もちろん火傷の痕はない。その慣れた様子に、ルキフェルが興味深そうに話しかけ、冷風の量や温度を確認するとすぐに試した。燃え盛る炎に手を翳し感動している。


 ヤンは濡れた毛皮を震わせて水を弾き、周囲から顰蹙を買った。収集がつかない現場は、各々が勝手に動き回る。呆れ顔のアスタロトが、足元の人族に逃走防止の策を施して立ち上がった。


「皆さん、まず自分の身を乾かして温める。風邪をひきそうなら早めに言ってください。ベルゼビュートに治療させます。それから……事情聴取をしますので、手の空いた人から集まること。以上です」


「治療させますって、あたくしの扱いがおかしくない?」


 カーラーを巻いたピンクの髪を揺らして眉を寄せる彼女に「大公としての心得」を言い聞かせるアスタロトは、取り出した手帳に回数を記録する棒線を追加した。細かなところまで記録する彼の真面目さに、ルシファーは自分のやらかしをすべて覚えている側近の恐ろしさに気づき身を震わせた。

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