1201. 絶対譲らないんだから!!

 久しぶりに朝をのんびり過ごし、昼過ぎになって部屋を出たルシファーはリリスの不在に気付いた。魔王城の敷地内にはいるが、どこに出かけたのか。魔力の位置を探り、城門の内側にいる彼女の元へ急いだ。


「おはよう、リリス。早いな」


「ルシファーが遅いのよ」


 そう返した彼女の前には、困り顔のアベルがいた。ルーサルカとシトリーもいる。レライエは今日は休日かと思いながら、リリスの隣に立った。ルシファーの純白の髪を握ったリリスは、突然疑問をぶつける。


「ねえ、昨日生まれたアンナの子いたじゃない?」


「ああ、双子だな。兄と妹だったか」


「そう、その部分よ。アンナがね、納得できないんですって」


 リリスはアベルが持ってきた出産届けの書類を差し出した。書かれた子どもの数は2人、男女1人ずつで昨日と同じに見えるが、姉と弟に変更されていた。


「何か問題なのか?」


 このまま届け出ればいいじゃないか。ルシファーにはおかしな点は見つけられなかった。アスタロトも問題なく受理するはずだ。


「いえ……あの。昨日の時点で双子を兄妹に分類されたと聞いて」


「ああ、分けたな」


 それを姉弟で届けるというのなら、受理するぞ。ルシファーは首を傾げた。そんな彼らの後ろから見守っていたヤンが、溜め息をつく。客観的に話を聞いていたので、当事者同士の勘違いと話の食い違いに気づいたのだ。種族が違えば認識が変わる。その部分の理解に差が生じていた。


「我が君、よろしいでしょうか」


 巨大なフェンリルがのそりと近づき、伏せて鼻を地面に押し付けた。服従を示すヤンへ手を伸ばして、鼻先を撫でる。


「どうした」


「我が君が理解しておられる届出の決まりを、日本人は知らないのではありませんか?」


 ぽかんとした顔でヤンを見た後、ルシファーは振り返った。困り顔のアベル、状況が理解できず顔を見合わせるリリスと大公女達。食い違いの原因に思い至り、ルシファーが大きく息を吐き出した。


「助かった、ヤン。おかげで不毛な問答をしなくて済んだ」


 労ってから、城門の端にあるベンチへ移動した。ベンチの数が足りないので、椅子をいくつか並べる。この辺はルーサルカが手早く行った。円を描くように座った彼らに、ルシファーが切り出す。


「まず、届出のルールがアンナ嬢に伝わっていなかったことは、オレの采配ミスだ。悪かった」


 そこからの説明は長かった。出産に関しては、人口把握のために届出が推奨されている。奥地で生まれた場合、届出が難しく5歳になる祝いを待って届け出る者も少なくない。年単位で種族ごとに届け出る地域もあった。だから急がなくてよかったこと。


 双子に関する決まりはなく、種族によって先に生まれた子を長子とする場合もあれば、後から出てきた子を長子と定める者もいる。この辺は考え方の違いなので、魔王城は関与しないこと。


 あの場で先に出た男児を兄としたことは、単にその場で呼び分けるための分類でしかなく、強制力はなかったこと。ここまでを説明され、アベルが安堵の息をついた。


「安心しました。アンナちゃんが、どうしても姉弟だと騒いで興奮状態で……イザヤが離れられないんです」


 濁したが、興奮しているのだろう。子を産んだばかりで気が昂っているのかも知れない。そういう種族は魔獣に多いのだが、彼女も該当するようだ。


「わかった。オレがきちんと説明することにしよう。アベルはそのまま書類を提出してくれ」


「私も行くわ」


「「ご一緒します」」


 説明をお願いしますとアベルは城内へ向かった。その後ろ姿を見送り、ルシファーは転移でアンナ達の屋敷前に向かう。大型犬サイズに縮んだヤンは魔法陣に飛び乗り、ちゃっかり同行していた。ハーブの咲き乱れる庭を抜けて玄関を開けたルシファーが、声をかける。


「アンナ嬢、話があ……っ」


「絶対に譲らないんだから!!」


 興奮したアンナに叫ばれ、飛んできた鍋を受け止めたルシファーは肩を落とした。これはアベルが困り顔をするわけだ。説明から始めても聞いてくれないだろう。


「届出は受理された! アンナ嬢の子は姉、弟で確定だ」


 挨拶も何もかもすっ飛ばし、ルシファーはいきなり結論から突きつけた。

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