1200. 双子の兄妹でした

 産まれたのは元気な男の子だった……が、大きな腹にはもう1人女の子がいた。魔族は双子や三つ子も多いので、産婆は驚くことなく2人目も受け止める。ひとまず兄と妹に分類したものの、泣かずに産まれた妹はわずかに指先を動かすのみ。すると彼女の足を掴んだ産婆が逆さに吊るし、赤子の小さな尻を叩く。まだ生まれたばかりなのに大丈夫か? 周囲が心配する勢いで叩かれ、赤子は大きく息を吸う。


 ひっ……ぎゃぁあああぁぁ!


 兄より声量は足りないが、妹も必死で泣いて暴れる。その体をおくるみの布で包んだ産婆は、安堵の息を吐いた。疲れきった様子に、ルシファーが食卓の椅子を勧める。差し出された椅子に腰かけ、産婆は腰を叩いた。どうやら腰痛持ちらしい。痛みを緩和する魔法陣を背中に貼り付けてやると、ほっとした顔で振り返った。


「ありがとよ、楽に……、魔王様っ!?」


「ああ、気にするな。ご苦労だった、しっかり休んでくれ」


 労わって隣をすり抜ける。すでに赤子達へ向かったリリスが、小さな手を指で突きながら手招きした。


「すごいわ、2人も入ってたのよ?! 男の子と女の子、両方とも可愛いわ。私も両方欲しい!」


 なんてことはない少女の願望に、周囲は微笑まし気に頷いた。だがルシファーは真っ赤な顔で足を止める。2人欲しい? それはつまり夜の営みがそれなりに激しく……イザヤもそうだったか、聞いてみたらコツがわかるだろうか。よその閨事情に首を突っ込むはまずい。あれこれと混乱する魔王の顔色は赤くなったり、青くなったりと忙しかった。


「どうしたの? ルシファー」


「い、いや……何でもない」


 この際、多くの妻を娶ってきたアスタロトに相談しよう。恥を忍んで相談すれば、きっといい案をくれる。魔王は問題を棚上げした。


「可愛いわよ、ほら」


 無邪気に笑うリリスの横から覗き込み、大きな目の赤子の前で膝を突いた。こちらは兄だろう。屈んで視線を近づけると、小さな手が動く。ぱくぱくと口を動かす様子に、懐かしさが胸にこみ上げた。


 ベルゼビュートが、多少危なっかしい手つきで女児を抱き上げていた。落とさないよう魔法も併用しているが、泣かれそうになってアンナの腕に戻す。


「アンナ、日本人の子は初めてだ。おめでとう、よく頑張ってくれた。オレはリリス1人でも大変だったが、2人となれば騒がしさも2倍、嬉しさはそれ以上だろう。大切に育ててくれ」


 魔族の子として魔王の祝福を与える。穏やかな笑みを浮かべるアンナの顔は、もう母親だった。抱き寄せた我が子が乳を求める所作を見せるため、再び男性は外へ出る。もちろん夫であるイザヤも同様だった。


「イザヤは残ってもよかったんじゃないか?」


 思わずぼやいたルシファーだが、ダメだと言われた。飲ませてゲップが終わるまで、全員が壁際に戻ることになった。大人しく待つこと十数分、双子の両方が満足したらしい。寝室の扉が開くと、イザヤが中に飛び込んだ。


 抱き合う夫婦の穏やかな時間を見守った。駆けつけた近所の住人も、まずは祝いの言葉を向けていく。それから母になったばかりのアンナの体調を気遣って早々に引き上げた。


 授乳を見せてもらい感激したリリスが何度もお礼とお祝いを繰り返す。頷くアンナだが、眠いのだろう。少し目がとろんとしていた。


「リリス、もう帰るぞ」


「わかった、ベルゼ姉さんも……あら」


 壁にもたれて眠るベルゼビュートの肩を叩いて起こし、戻ろうと告げる。リリスが無造作に触れると、ベルゼビュートが飛び上がった。比喩表現ではなく、本当に数センチ浮かんだ。


「え? なに、どうして触れたの?」


 魔王の結界を通過するリリスは、どうやら彼女の結界も無効にしたらしい。結界越しではなく直接肌に触れたので、びっくりしたのだろう。外へ連れ出し、慌てふためくベルゼビュートに説明した。仕事があるからと自ら転移で帰る彼女を見送り、ルシファーはリリスと一緒にヤンの上に乗った。


「ゆっくりでいいさ。散歩がわりだ」


 もう夕焼けが消えて、賑わいが移り変わる街を抜ける。城下町を出るなり、ヤンは速度を上げた。軽やかな足取りのフェンリルに揺られながら、生まれたばかりの子ども達の幸せを祈る。

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