88. 我が君は親バカという奴か
設計図に不満はない。というか、図だけみても想像がつかないので頷いておいた。部屋の広さやデザインに口を挟む気はない。ただ……保育園の入り口の彫刻みたいに『魔王がやられる絵』を飾るのは勘弁して欲しい。その辺はアスタロトが手配してくれるだろう。
「我が居城ながら、警備は穴だらけですね」
不満そうに呟くアスタロトの背後で、集められた一族が顔色を青くしている。空を飛べるとはいえ、ドラゴンが来襲したら当然勝てない。思わず引いてしまっても仕方ないと思うのだが、天才に凡人の恐怖は理解できなかった。
吸血種族はコウモリに変身して空を飛んだり、闇に溶け込む能力に特化している。牙や角が立派なので、獣系の魔族からも尊敬を集める一族だった。なのに、現在の当主アスタロトの前でガクブルしているのは気の毒になる。
周囲をガクブルさせるアスタロトの金髪を掴んで肩車を堪能するリリスは、この場で最強だった。肩車したリリスの足をしっかり掴んで落ちないよう配慮するアスタロトの姿は、どこかほのぼのする。
「穴だらけって、ドラゴン相手だぞ。仕方ないだろ。あんまり叱ってやるな」
一族間のトラブルに口を挟むのはマナー違反だが、自分の警護の問題だからとルシファーが窘める。とたんに矛先がこちらへ向いた。赤い瞳で凝視したあと、首を横に振って大きくため息を吐かれる。
何故だろう『だめな子』認定された気がした。失礼な反応だ。そしてリリスが上で真似して同じ仕草をしている。なんだ、これ、可愛い。ルシファーの頬が緩んだ。
「陛下、やはり警備を考えると魔王城へ戻ったほうがよいでしょう。作業を急がせます」
「もう戻れるのか?」
嬉しさに頬を緩めると、アスタロトは苦笑いしながら日程を計算していく。その間に一族の者は抜き足差し足離れた。見逃したアスタロトだが、先ほどより機嫌はいい。上ではしゃぐリリスの機嫌も最高潮だった。
「そうですね。あと1週間は我慢してください。
遠慮なく敵を排除して、躊躇なく反対勢力を葬って、逆らいそうな奴もすべて駆除して、安全を確保します。不吉な色を滲ませた宣言だが、アスタロトの黒い面に慣れたルシファーは聞き流した。
「頼む」
ご機嫌でアスタロトに愛想を振りまくルシファーは気にしない。彼の言葉に含まれた微妙なニュアンスを……そして気付いたヤンが複雑そうな顔をした事実も。
「パパ、おうち帰る?」
「もうすこしアスタロトのお城にいような。7つ寝たらおうちに帰れるぞ」
アスタロトが肩車した状態で、きゃっきゃとはしゃぐリリスが手を伸ばす。素直に受け止めようと手を伸ばし、ちらりと側近の顔色を窺った。まだダメだと叱られるだろうか。
「どうぞ」
捨てられる子犬のように縋る目を向けられ、アスタロトは吹き出した。大笑いしながらリリスをルシファーの腕に戻して、金髪の側近は一礼して姿を消す。
これは抱っこの許可と考えて良さそうだ。ぎゅっと抱いて頬ずりしたルシファーを、ヤンがくるりと巻き込んだ。
毛玉の真ん中に倒れこむと、ヤンが尻尾を巻いて隠してしまう。冷たい風に冷えた身体を温めるフェンリルの毛皮に包まれ、頬を緩めた。
「戻ったら、パパはすこしお仕事しないといけない。リリスは大人しく待ってられるか?」
「リリス、保育園いきたい」
ガーン! オレを待ってるより保育園へ行くほうがいいのか?! 隕石並みの巨大ショックを受けたルシファーが沈んだ顔をしていると、リリスは白い頭を撫でる。
「保育園で、パパのお迎え待つ」
待つ場所を保育園にしただけかと目を輝かせたルシファーは、「可愛いなぁ」と本音駄々漏れでキスを降らせる。そんな主を守りながら、ヤンは大きな欠伸をひとつ。
「我が君は親バカという奴か」
そんなフェンリルの呆れ半分の呟きは、冬の色を滲ませる風に紛れて溶けた。
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