1018. 子供好きに悪い人はいない?

「あばぁ……」


 無邪気にベビーベッドに横たわるレラジェは、新品の玩具で遊んでいた。書類処理の傍ら、レラジェの面倒を見るルーサルカが首をかしげる。


「ねえ、どうして新品なのかしら」


 リリスが遊んだ玩具が山ほどあるはずで、それらは彼女が通った保育園に寄付されなかった。つまり魔王城の中に残っているはずだ。購入資金の出どころもだが、もったいないという思いが先に立った。


「必要だから買ったのだと思うわ」


 シトリーは手元の書類を種類ごとに箱に積みながら答える。手を休めない同僚に肩を竦め、ルーシアがお茶を用意し始めた。魔王の執務室の隣は、リリスの教室として用意された場所だ。以前は彼女の様子を見るために間の壁を取っ払っていたが、現在は執務室を2つに分けた。


 単にルシファーがリリスを隣に座らせるようになり、広すぎる部屋は不要なだけなのだが。大公女達の控室として活用されている。現在は持ち出し厳禁の未処理書類置き場であり、彼女達の仕事場だった。


 大量の書類を分類し、誰の署名が必要なものか判断する。手伝いとしてアンナとイザヤも配属された。6人で作業する部屋は、常に4人しかいない。交代制を義務付けたアスタロトのおかげで、今日は日本人2人が休んでいた。


 かつての魔王の執務室で育てられたリリスのように、レラジェも執務室に陣取っている。常に人がいて環境が快適で、変化に気づきやすいと尤もらしい理由をつけた。しかしルシファーやリリスがレラジェに構って仕事をしないので、引き離されたのが実情だ。


 休憩になると顔を出す2人が、そろそろ現れるだろう。ルーシアは多めにお茶菓子を用意した。


「邪魔するぞ」


 続き扉を開けてルシファーが入ってくる。当然腕を組んだリリスも一緒だった。まっすぐにレラジェのもとへ向かい、玩具を齧る赤子を愛でる。それから書類の進捗具合を確認し、お茶を飲んでから戻るのがルーティーンだった。


 ここ数日、ずっと同じ動きである。


 お茶とお茶菓子をテーブルにセットしたルーシアは、続いてレラジェのミルクを用意し始めた。温度が重要で熱いと泣きだすし、冷たいと吐き出す。人肌より少し温かい程度……水魔法の応用で温度を調整していると、レライエが温度調整を手伝った。


 火の属性が強い竜人族の彼女が温めたミルクを、少しずつ冷ましてちょうどいい温度で止める。


「ありがとう、助かったわ」


「いや。私も覚えておいて損はないからな」


 レライエは少し照れた表情でそう告げた。財産を大量に詰めた洞窟の確認に向かった婚約者アムドゥスキアスが、ほくほく顔で目録を差し出した。そのまま婚約は本決まりとなり、結婚式の予定に翡翠竜は浮かれている。


 早めに子を産んで、また仕事に戻りたいと願うレライエは、リリスの子の乳母を務めるのもいいと考えていた。逆にシトリーは子供にあまり興味がない。ルーシアは然るべき時期に授かるでしょう、とのんびり構えていた。


 それぞれに惚れたり惚れられた婚約者持ちだが、事情が複雑なルーサルカだけが大きな溜め息を吐く。


「ルカは子供好きなのよね」


「そうだったわ」


 手慣れた様子でレラジェをあやすルシファーと、横から頬を突いて笑うリリスの様子に、ルーサルカは複雑な気持ちで肩を落とした。その姿に、同僚3人は顔を見合わせる。


「カルンの時も率先して面倒見てたし、あんなに落ち込むなんて……絶対にアベルが原因よ」


「子供はいらないとか言われたのかしら」


「なんですって!? そんなの最低だわ」


 本人不在の場で、アベルの評価が地を這う。アスタロト大公の義娘を娶るのに覚悟が足りない。その点だけは3人の意見が一致した。


「明日、アベルを呼び出すわ」


「「私も行くわ」」


 当事者が知らない場所で、話が拗れていくが……止める者がいない暴走大公女達は、ぐっと拳を握って友情を確認しあった。

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