775. 報告で輪郭は見えず

 議題の説明を行うのは、側近であるアスタロトやベールが多い。特殊な研究内容ならばルキフェルも口を挟む。議題提起が大公や魔王であることが多いため、貴族達も慣れていた。


 レライエの名を伏せた上で、現在わかっている状況を説明する。魔の森の魔力が急激に損なわれ、復活したこと。海が原因と判断したルシファーの指示で、魔力供給による浄化を施したこと。この辺りは説明されなくとも、魔族全体が知っている話だった。


 ここからが重要だ。


 霊亀の移動と、ベールが持つ城の崩壊。深い眠りについた古代竜の復活と共に、人狼が蘇ったことも報告される。人々は滅びた種族がまた復活したことに喜んだ。


 人狼はその名の通り、獣姿で人のように立って行動する種族だ。狼の獣人や魔獣はいたが、種族としては異なる。ある日を境に生まれなくなった人狼が種族として滅び、戻ってきたことは魔族にとって明るいニュースだった。


 魔の森が消失しかけて戻ったのと同じ。いつだって魔の森があれば、自分たちは滅びても復活できるという希望の証でもあった。報告に沸き立つ彼らに、アスタロトが淡々と告げる。


「現在わかる範囲で、魔力に関する領地の異常があった者は報告しなさい」


 手を挙げたのは、少なかった。海へ行った翌日ということもあり、領地内の異常や被害を把握し切れていない貴族も多い。


「領地ではないけど、いいですか」


 そう前置きして話し始めたのは、神龍族の青い瞳の青年だった。


「海に魔力を流した時、同族みたいな存在を感じました」


「あ、それならわかる。うちもだ」


 少し離れた場所で、手より先に声が上がる。リザードマンやラミアからも同意の声が聞こえた。水魔法が得意な者に偏っている。ある程度の報告があった時点で、ルキフェルから報告の形をもって、レライエの夢の話が出された。


 海を浄化した際にいた黒い何か。リリスが口にした、異世界の影響を強く受けた存在の確認を伝える。しんと静まった広間に、恐る恐る手を挙げたのは、エルフだった。アルラウネの代理人として出席したエルフが、彼女の代わりに説明を始める。


「アルシア子爵のお話では、魔の森の魔力消失後に戻った魔力は、何か混じっているそうです。体内で黒く澱んで苦しいが、浄化は可能な範囲。ただ弱い個体はもたないかも知れないと」


 年老いた株や若い子供達は生き残れない。そう心配そうに告げたアルラウネは、魔の森の外縁付近に領地を持つ。今回の騒動で一度森の同族とリンクしたため、状況の把握ができていた。外縁は人族の領地に近く、その意味では海辺に近い。


 海から引き上げた魔力が変質していたなら、ドライアドも同じような感想をもったのではないか。そう思い目を向けると、ドライアドが口を開いた。


「我々は今のところ、特に不調を感じていません」


「でも、魔の森に戻った魔力は気持ちが悪いものが混じっている気がするの」


 精霊が口を揃えてアルラウネに同調する。小さな種族ほど敏感に変化を感じるらしい。海へ送って戻した魔力が変質した可能性について、ルキフェルが調査を申し出て了承された。


 しかし海そのものを領地とする魔族がいないため、海の変調に気づける種族がいない。思っていたより情報が入らないことに困惑するルシファーへ、リリスが口を開いた。


「日本人の意見を聞きたいの」


 ただの我が侭のように聞こえるが、彼らはハイエルフのオレリアに、森の中で起きた異常を訴えた。人族と遭遇したため戦闘となり保護されたが、元は何かの異常を本能的に感知して動いたのだ。ならば話を聞く必要があった。


「わかった。アベル達を呼んでくれ」


 日本人は種族として認められたばかりで、まだ代表者の選出が済んでいない。そのため貴族が存在せず、この召集から漏れてしまったのだ。気づかなかったと反省するアスタロトの指示で、彼らが到着するまで、いくつかの種族から報告が続いた。

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