42. なんとか一番を死守しました

 1日目の保育園デビューは散々だったリリスだが、子供同士が仲良くなるのは驚くほど早い。大人の想像を超える勢いで、リリスは成長していた。


 まず、玩具を奪ってはならない。ケンカになり、ルーが悲しむからだ。


 続いて、他の子を噛んで毛を抜いてはいけない。これもケンカになるし、ルーと約束したからだ。


 この2つを守るだけで、リリスは友達が出来た。玩具を欲しがる子がいたら譲り渡し、別の玩具で遊ぶ。彼女が実践したのはそれだけだが、周りに他の子が集まって遊び始めた。今まで1人で遊んでいたのでどうしたらいいかわからなかったが、他の子の様子を見て学んでいく。


 人形同士でごっつんこしてみたり、交換して投げ合ったり……おおよそ人形遊びとはかけ離れた乱暴な遊びが多かったが、先生達は微笑ましく見守っていた。最初はこんなものだ。すぐに人形や玩具の扱いも覚えるだろう。投げて遊ぶ間に、勢いよくぶつかれば痛いことも覚える。


「だぁ…!」


「なう、ああ」


 互いによく分からない単語の応酬をしながら、リリスは機嫌よく遊び続けた。昨日ケンカした子も近くで遊んでいたが、まったく気にならない。


「お昼寝の時間です」


 ご飯を食べて遊ぶ子供達に声をかけるガミジンが苦笑いするほど、子供達は仲良く遊んでいた。やっと玩具から引き離して眠らせた頃、玄関付近が騒がしい。


「なんですか」


 ガミジンが様子を見に行くと、ミュルミュールが貴族相手に説明をしていた。


「今日は魔王様に一番をお譲りください」


 自身が貴族であるドライアドはまったく怯まずに言い切った。一瞬渋い顔をした狼獣人族の貴族も、魔王の名が出れば引き下がるしかない。


「わかりました。30分後に出直します」


「お願いします」


 そんなやり取りが終わった直後、ふわりと黒い羽根が舞い落ちた。空を飛んできたらしく、純白の髪を乱した魔王ルシファーが玄関に姿をみせる。


「間に合ったか?!」


「はい、リリスちゃんを呼んで来ます」


 先ほど獣人族を追い払った話などおくびにも出さず、ミュルミュールは笑顔でリリスを起こしに向かった。先輩のその姿に感銘を受けたガミジンが「立派な保育士になってみせる」と拳を握る。


「リリスちゃん、今日は他の子と仲良く遊んでいましたよ」


 嬉しい報告と一緒に受け取ったリリスは、確かにワンピースも髪も乱れていなかった。つかみ合いのケンカをしなかった証拠だ。


 まだ目元を擦っている手を掴んでやめさせ、取り出したハンカチで優しく拭ってやる。すると眠たそうな目がぱちくりと大きく開いた。


「リリス、ケンカしなくて偉いな。パパも約束守ったぞ!」


「ルー! いちばぁ?」


「ああ、一番だぞ」


 嬉しそうに両手を伸ばすリリスがルシファーの頬に触れる。にこにこしたリリスが、保育園の中の別の子に手を振った。どうやら気付いて起きてきたらしい。


「ばーばー」


「だああだっ」


 互いに手を振って別れを告げる幼児の姿に、ルシファーは安堵の笑みを浮かべた。


「ありがとうございました。また明日」


 ガミジンとミュルミュールの見送りを経て、今度は歩いて丘を登る。行きは急いで飛んできてしまったが、後で執務室の窓のドアを閉めておかないと、叱られるだろう。すでにバレているとも知らず、ルシファーは暢気にそんなことを考えた。


「楽しかったか?」


「うぅ…」


「お友達が出来たみたいだな」


 頭の上に耳があったから、獣人系の一族だろう。尻尾や耳を引っ張ったり、噛み付かなかったのだから沢山褒めないと……。


「噛まなかったんだろ。偉いな。さすがはパパ自慢のリリスだ」


 黒髪を何度も撫でながら城の廊下を進む。きゃっきゃと可愛い声を上げて喜ぶリリスは、前と同じように見えた。だが確実に成長しているのだ。それが嬉しくて、ルシファーは満面の笑みで執務室の扉を開いた。


 ……ベールが全開の窓の前に立っている。


「えっと……」


「窓からの出入りは禁止します」


「はい、すみませんでした」


「きゃぁ……だああ…」


 叱られるルシファーを他所に、リリスは一日中ご機嫌だった。

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