1263. 危険を察する能力は高い

 会議の時間が近づいているのに、帰ってこない魔王と魔王妃を探そうと思ったところに呼び出しだ。すぐに現れたベールは、顔触れを確認して眉を顰めた。もしや、アスタロトを止めろ、と? そんな顔でお伺いを立てるも、頷かれてしまう。


 面倒ごとを押し付けた主君を睨み、ベールはアスタロトに向き直った。巨大蜥蜴相手に爪まで伸ばし、威嚇されながら笑みを浮かべている。確かにこれは危険です……白っぽいイグアナが。


「ベール、その白っぽいイグアナは言葉が通じるぞ。魔族認定確実だ」


 だから丁重に扱え、ベールはそう受け止めた。だがルシファーの意図は違う。余計な発言をすると言い返されるぞ、と忠告したのだ。ミイラ取りがミイラになりそうな状況なので、先手を打ったつもりだった。


「話した結果がコレですか」


「なんだい、あんたら。次々と呼び出したって、あたしは引かないからね」


 何に対しての宣言なのかしら? リリスが首を傾げる間に、ルシファーはさらに数歩後ろに下がった。


「ルシファー様、いい加減失礼ですよ」


「いや、その微笑みが黒過ぎて……いろいろと危険を感じる」


 思わず素で反論したルシファーだが、ベールが間に立ってアスタロトの視線を遮った。


「会議を行います。蜥蜴と遊んでいないで、戻ってください」


「蜥蜴? あたしらはそんなんじゃないよ」


 当事者に否定されたため、ひとまずイグアナの名称で通すことにした。イグアナへの対応は誰が適切か。唸りながらルシファーは悩む。ルキフェルは売り言葉に買い言葉だろうから、本能で向き合うタイプのベルゼビュートか。いっそリザードマンの沼地に同居させてしまおうか。裏庭から投げ出す気満々のルシファーである。


 びたんと尻尾を叩きつけたイグアナは、ぐるりと周囲を見回した後、言い放った。


「なかなかいい場所じゃないか。ここに住むよ」


「「「え?」」」


 ルシファーとベール、アスタロトが一斉にハモった。驚きに目を見張る彼らをよそに、イグアナは仲間と一緒に泥浴びをした体で裏庭を移動する。あっという間に泥の跡が残り、通りがかったエルフが悲鳴を上げた。丁寧に刈られた芝の上は、泥の筋が何本も残る無惨な状況だ。日を浴びて泥を乾かすと、ぱりぱりと落としながら日陰に向かう。


 エルフが大慌てで裏庭の掃除を始めるのを横目に、ルシファーはリリスと腕を組んで歩き出した。ぶつぶつと呪いめいた文句を並べるアスタロトの隣で、ベールは無言だった。イグアナの案件を真っ先に処理しないと、エルフからも後ろの大公2人からもクレームが出るぞ。


 ルシファーの焦りを知ってか知らずか。ベルゼビュートは平然と会議に遅刻してきた。ルシファーの執務室で、ルキフェルは一人寝転がる。ソファの上で欠伸をして、目を閉じた。久しぶりに単独の自由時間だ。堪能するように意識を手放す。


 ざわざわと騒がしく感じ目を開けたルキフェルは、ベールの膝枕だった。


「起きましたか? もう少し時間があります」


 甘やかすように告げて、目元を手で隠そうとした。そっと手で拒み、欠伸を噛み殺しながら起き上がる。すでにリリスとルシファーはお茶を飲み、アスタロトは何やら申請書類を仕上げていた。足りないのはベルゼビュートだけだ。


「すごく寝てた気がする」


「そうですか、半日くらいですが」


 思わぬ時間熟睡していたことに、ルキフェルは額を押さえた。寝過ごしたらしい。

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