1264. 変化はときに危険です

 集まったアスタロトは不足書類の作成に勤しみ、ルシファーは書類の決裁を終えた後はのんびりお茶を楽しんだ。行方不明のベルゼビュートが顔を出せば、ルキフェルを起こすのだが。呼んでも来ないのだから仕方ない。


 ここで彼女を探しに出ていく者がいないのはいつものこと。手の離せない用事があるのだろう。寿命が桁違いの魔王や大公の感覚は、他種族から見て驚くほどゆったりしていた。


「ベルゼ姉さんったら、何をしてるのかしら」


「さあ。エリゴスも一緒だし、あまり危険なことではないさ」


 すでに半日ほど経つが、軽食も食べ終えた彼らは最低限の仕事を片付けて休み始めた。起きたばかりのルキフェルが、さきほど署名が終わった書類を確認して処理していく。大公全員の署名が必要な書類は少なく、たいていは魔王ルシファーの署名で片付く。


 稀に魔王と大公2名以上の署名が並ばないと効力を発しない命令書もあるが、数十年に1枚程度だった。そのため、ほとんどはベールとアスタロトの署名で事足りるのだ。


「ベルゼビュート様が大変です」


 駆け込んだエルフの言葉に、全員が「え?」と返したのも当然だった。彼女が騒動を起こせば、大変なのはいつものことだ。内容の方が気になり、アスタロトが先を促す。


「何がありました」


「それが……っ」


「あら、お待たせしてごめんなさいね」


 ふふっと笑うベルゼビュートが、報告に来たエルフを押しのける。その姿を見て、男性達は絶句した。すぐに反応したのはリリスだけだ。


「ベルゼ姉さん、髪型を変えたの? 似合うわ、すごくいい。綺麗」


「ありがとう」


 嬉しそうに笑う彼女をエスコートするエリゴスが、入り口で穏やかな笑みを浮かべる。その柔らかな視線の先で、髪がストレートになったベルゼビュートが微笑む。あれほど巻毛にこだわり続けた彼女が、直毛のまま外出するなんて。ハーフアップにされた髪には、花も飾られていた。


 驚きすぎて呼吸が止まったアスタロトの青ざめた顔色に、慌てたルシファーが叩いた。咳き込みながら呼吸を整えるアスタロトの横で、ベールは窓の外を確認し始めた。


「雪が降るかと思いました」


「同感」


 ルキフェルもようやく立ち直るが、彼らの失礼な対応にベルゼビュートの眉尻が上がる。


「ちょっと、どういう意味よ!」


「彼らは驚きすぎただけだよ、ベルゼがこんなに美しくなったからね」


 仲裁に入るエリゴスの言葉に、ルシファーは反省する。いくら驚いても、女性相手なのだから褒め言葉を先に口にするべきだった。この点はリリスの方が上手だ。


「もう巻かないのか?」


「いえ、日によって変えることにしたの。髪型をひとつに統一する必要なんてなかったのよね」


 固執しすぎてトレードマークになった巻毛だが、今後は日によって変化するらしい。真っ直ぐだと華やかさに欠けるとぼやいた、過去の彼女が嘘のようだ。


「昔を思い出すが、よく似合っているぞ」


 ルシファーの褒め言葉に機嫌がよくなったベルゼビュートだが、次のアスタロトの指摘に青ざめた。


「なるほど。髪型を変えるのに夢中で遅れてきた、と? あなたは幹部会議を何だと思っているんでしょうね」


「え、あの……だって、1時間くらいの遅刻よね?」


 本気でそう思っていたらしい。予想より怒りが深いアスタロトの反応に、焦る。その隣で両腕を組んで眉を寄せるベールが「半日です」と訂正した。


 見る間に血の気が引いていくベルゼビュートだが、何とか気持ちを立て直した。


「ごめんなさい。仕事するわ」


「「当然です(ね)」」


 決定はほとんどなされているため、ベルゼビュートには各種族の現場調整が言い渡された。面倒を押し付けたアスタロトの表情は晴々としている。思わぬ展開に、ルキフェルはほっと胸を撫で下ろした。会議の場で寝ていたことは、お咎めなしで済みそうだった。

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