131. 知らぬは魔王ばかりなり
「僕ね、バカは嫌い」
幼子を侮った敵を徹底的に叩きのめす。射掛けられる矢を直前で燃やし、振り上げられた剣を風で弾いた。竜族出身である大公ルキフェルに、単純な物理攻撃はほぼ意味を成さない。いま弾いた剣が直撃しても、鱗1枚分も傷を負う心配はなかった。
「しねっ!」
「悪魔の手先め!!」
水色の短い髪に飾った簪を揺らしたルキフェルは、すいっと手を持ち上げた。襲い掛かる男達へ向けて水の玉を放り投げる。一抱えある水を頭の位置でとめると、呼吸が出来ない彼らがばたばた暴れた。倒れて転がり必死に水を引き剥がそうとするが、彼らの手は水を通過するばかり。
指先で水の位置を操りながら、ルキフェルは子供らしからぬ表情で笑った。
「いつもいつも、ルシファーの邪魔ばっかり。滅びればいいのに」
ふわりと黒い影がかかり、幼子は上を見やる。大きな4枚の翼を広げたルシファーの姿を確認すると、慌てて褐色の肌の犯人達に視線を向けた。呼吸が止まるまであと少しだ。後ろから追いかけてきたアスタロト同様、ルキフェルも人族排除派だった。
ルシファーに命じられたら、彼らを見逃さなければならない。だから時間稼ぎが必要だった。
「ルキフェル、彼らを……」
「今日のリリス、凄く可愛いね。前みたいに白い羽はつけないの? お揃いで可愛いと思うけど」
無邪気さを装って尋ねれば、目の前の惨劇から気がそれたルシファーがしゃがみこんだ。ルキフェルと視線を合わせて、水色の髪を撫でる。
「白い羽は自前で持ってるとわかったから、今回は用意しなかったんだ。それにお披露目であれこれ勘違いされても面倒だし……それより、お前の
「うん、色違いなの」
髪が短いため、簪を挿しただけでは落ちてしまう。それを魔法陣で留めているのだ。以前にリリスの髪飾りに使った魔法陣と同じだった。立ち上がるルシファーのマントの端を握るルキフェルの仕草は幼い。
「ああ、あの魔法陣を応用したのか。こっちの方が簡単そうだな」
簡易化した魔法陣に興味を示す。その間に祭典を襲った人族が1人、また1人と動かなくなっていった。まったく気付かないルシファーは魔法陣を検証し終えると、駆けつけたアスタロトを振り返る。
「アスタロト、この改良は見事だ。オレが使った時の半分の魔力で同じ効果が得られる」
「確かに素晴らしい改良ですね」
アイコンタクトでルキフェルと通じたアスタロトは、ことさらゆっくり魔法陣を確かめた。わざわざ指先で魔法陣をなぞって同意する。
「パパぁ、また変な色の人いる」
悪気のないリリスの指差しに、ルシファーはやっと目的を思い出した。ここに来たのは、演説のはじめに矢を射掛けた人族らしき敵を追っていたのだ。
「あ~ぁ、これはダメか。遅かったな」
すでに呼吸停止した人族が5人転がっている。頭周辺が濡れているので、水の魔法でルキフェルが止めを刺したのだろう。
「生かしてどこかに捨てればよかった?」
しょんぼり尋ねるルキフェルに首を横に振り、ルシファーは部下を労う。せっかくのお祭なのに、警護で片付けさせてしまった。
「いや、ご苦労さん。嫌な役をやらせて悪かった」
「ううん……僕、ルシファーの役に立てるの嬉しいから」
リリスは褐色の肌が珍しいのか、なんとか触れようとする。落ちそうなほど身を乗り出すのは、ルシファーが絶対に落とさないと知っているからだ。
「こら、だめだぞ。お手手が汚れちゃう」
「ばっちいの?」
「うーん」
ここで頷くと褐色の肌が汚いと誤解させないだろうか。返答に困るルシファーを他所に、気をそらす作戦大成功のアスタロトとルキフェルは密かに笑みをかわした。彼らの悪巧みを知らぬは魔王ばかりなり。
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