200. リリスの好きにしていいの?

 真っ白な肌に黒髪なんて珍しい。人族でもこんな可愛い子みたことなかった。凄く可愛い隣のアリスちゃんも、この子に比べられない。真っ赤な目を輝かせて褒めてくれる幼女は、手を伸ばした。


 見惚れていて、つい反応が遅れる。逃げようとする前に、毛布を掴んでいた手に彼女が触れた。温かい……久しぶりに人の肌に触れた気がした。冷たい鎖と違う温もりに、逃げるのも忘れて握り返してしまう。


「パパ、リリスの好きにしていいの?」


「構わないぞ」


「この子とお友達になりたい!! 一緒にいる」


 子供らしい発想だ。仲良くなりたいから、一緒にいたい。単純な発言だが、逆に裏がない本音でもあった。リリスがそれを望むなら、ルシファーに拒む理由はない。


「それじゃあ、その子も連れて行こう」


「陛下、リリス姫の側近は候補を集めております」


 アスタロトが当然の苦言を呈する。リリスの情緒や責任感の教育の一環と理解しながらも、人族の領域で拾った正体不明の少女を近づけるのは危険だ。側近として譲れないと告げれば、あっさり返された。


「リリスの決断はオレの決断だ。従え」


「……承知いたしました」


 納得していなくとも、主君が「従え」と命じた以上断る立場にない。アスタロトの懸念は、リリスを少女が害する可能性だった。彼女の種族は狐系獣人と人族のハーフだろうが、人族の尖兵でないと言い切れない。


 リリスにルシファーの結界があったとしても、近くにいればどんな場面で主君やリリスに牙を剥かないとも知れないのだ。


「ですが、ベールの説得は陛下自身でお願いいたします」


 最後にきっちり釘を刺す。きっとベールは私以上に懸念を示すから、それを説得する気はないと言葉にして突きつけた。


 一瞬いやそうな顔をしたが、さすがに何も言わずにルシファーは飲み込む。


「リリス、おいで」


 右手を差し出すと、立ち上がったリリスが手を繋ぐ。


 余談だが、アスタロトチョイスのチョコレート色ワンピースに汚れは見られなかった。裾の魔法陣がいい仕事をしている。


「あの子も!!」


 左手をルシファーと繋いだリリスは、目の前で驚いて固まっている少女に右手を差し出した。拒まれるなんて考えたこともないのだろう。まったく躊躇ちゅうちょなく手を伸ばして待っている。


「一緒に行こう」


「え……私?」


「早く」


 リリスの勢いに飲まれ、そっと手を乗せる。しっかり握ったリリスの白い手をじっと見る少女は、象牙より濃い自分の肌と比べた。明らかに自分より魔力が高いのに、ぜんぜん偉ぶった態度をとらない幼女が不思議だった。


 近くにいる金髪の綺麗で怖い人が注意しても、まったく気にしない純白の魔王様も不思議だ。本能的に怖いと思うのに、優しいとも感じる。


「アデーレにお風呂を用意させないとな」


「この子のお部屋は?」


「アデーレに任せれば大丈夫だよ」


 3人で並んで歩くと、途中でドワーフやエルフが手を振ってくる。両手が塞がっているリリスは、笑顔を振りまきながら「ばいばい」と声を返した。


 狐少女がいた人族の街では、偉い人は一般人と話たりしないし触れることもない。ただ上から命令して頭を下げさせるだけだった。魔族は怖くて人を殺す悪い存在だと母は言っていたが、とてもそうは思えない。


「パパ、この子とご飯たべる!」


「……そういや、名前聞くのを忘れてた」


 今さら気付いたと苦笑いするルシファーだが、中庭を抜けた奥の住居スペースに足を踏み入れていた。すぐに現れた侍女のアデーレが優雅に一礼して帰宅の挨拶をかわす。


「こちらのお嬢様は?」


「リリスが気に入って連れてきたんだ。悪いが風呂に入れてやってくれ。食事の支度も頼む……君は何が食べられる?」


 そこで気遣うように尋ねるルシファーに、狐少女は慌てて声を上げる。


「肉でも野菜でも、狐は雑食です! あと……名前はルーサルカです」


 緊張した様子で名乗る彼女に微笑んで、リリスに視線を合わせた。


「彼女はルーサルカという名前だから、次から名前で呼ぼうね」


「うん、ルカちゃん!」


 勝手に縮めて愛称をつけるのは、リリスの得意だ。だが可愛い呼び名なので、好きにさせた。


「ルーサルカ様、こちらへ」


「あの! 呼び捨てでお願いします」


 アデーレに敬称をつけられて肩を震わせた少女は、本来のしっかりした面が出てきたらしい。頭を下げてからリリスの手を名残り惜しそうに離した。アデーレについていくルーサルカの後姿に、リリスは不満そうに口を尖らせる。


「リリスとお風呂すればいいのに」


「おや? リリスはパパと入ってくれるんじゃなかったか」


 振り返って手を繋いだルシファーを見上げる。それからにっこり笑った。


「パパと入る」

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