962. 僕はちゃんと対価を得るからね
ルキフェルがにやりと笑う。右手を天に向け、大きな雨雲を作り上げた。大量の雨を降らせるため、沼地の水を少し拝借したが……準備は整った。到着したオレリアに任せて動かなかったのは、火事で焼失した範囲の特定に時間がかかったためだ。
「ルシファーなら一瞬だろうな」
森に愛された魔王ならば、その範囲を一瞬で特定しただろう。しかし魔法と魔法陣を使って指定した自分だとて、魔の森の子供だ。母を傷つけた異物を排除して癒すのは、当然だよね。
整った顔に残忍な子供の笑みを浮かべたルキフェルの頬を、降り始めた雨が濡らす。口角がゆっくり持ち上がり、攻撃を仕掛けた愚かな人族を見下ろした。
「うぎゃああ、何だ」
1人の男が足を蔦に絡まれて転ぶ。そのまま引き摺って吊るす枝が、鋭い棘を作って男を傷つけた。中に先端を捻じ込み、傷を広げながら血を滴らせる。縦に血管を裂きながら、森が吸収しやすいように獲物をバラしていくのは、ドライアドの怒りをよく示していた。森の番人を本気で怒らせる愚か者の最期に似合いだ。ルキフェル自身が手を下すより、長く甚振ってくれるだろう。
「楽に死ねないけど、自業自得だよ」
逃げようと走り出す他の男達も、次々と植物の餌食になっていく。草に擬態した腕を伸ばしたドライアドの群れは、捕まえた獲物を引き千切り、大量の血液と臓物を森に捧げる。傷つけられた森は、回復に必要な栄養を蓄える為に根を伸ばした。生きたまま埋められていく人族を冷淡に眺め、ルキフェルは空を見上げる。
針が落ちてくるような冷たい雨は、傷ついた森や大地をしとしとと潤した。火事を収める雨は森を濡らし、血を洗い流し、汚れを清める。オレリアが濡れた前髪をかき上げ、巫女と手を繋いで歩き出した。傷を癒した魔法陣は役目を終え、ボティスの足元から消える。
「ルキフェル大公閣下、こたびの助力まことに……」
「お礼ならオレリアとドライアドへ。僕はちゃんと対価を得るからね」
戯けた口調で言い切ったルキフェルは、沼地に落ちた大きな物体を対価として要求した。ボティスにしたら、沼地に刺さった金属は不要物で、片付ける手段に困る。持っていってくれるなら大歓迎だった。
「中に残った死体は要らないから……森の養分にしようか」
肩を竦めて歩くルキフェルは、傷つけられた沼地と森の痛々しい姿に眉尻を下げた。
「それにしても火をつけるなんて」
「ルキフェル様、どうやら火を放ったのではなく……あの箱が発火したようです」
ひゅるりと伸びた枝が人の形を作り上げる。ドライアドは男女問わず、似たような外見をしている。保育園の園長を務めるドライアド、ミュルミュールに面差しが似ていた。親子か兄弟のように似通った姿に、少し懐かしさを覚える。まだ数年しか経っていないのに。
ドライアドの報告は、森の記憶を読み取るものだから信用できる。落ちてきた人族が入った箱が発火し、森に延焼したのだろう。だからといって、許す気はなかった。
沼の中央近くにある島は、多くのリザードマンが丘に上がっていた。ルキフェルが張った結界の内側に逃げた彼らは、まだ戦意を喪失していない。神殿の裏に保管した武器を手に、人族の集団と睨み合った。
「こういうとこ、本当に勇敢な一族だな」
急襲され森が焼かれ、長が巫女を逃した最悪の状況にあっても、最後の一兵まで戦う意志が揺るがない。感心するルキフェルの褒め言葉に、ボティスが表情を緩めた。
結界の外から攻撃は続いており、金属を弾くような音と、パンと軽い音が繰り返し響く。ルキフェルの結界を通過する威力はない何かが、ぽちゃんと水に落ちるのが見えた。
「あの変な音がする武器も欲しいし……さっさと片付けようか」
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