961. 随分と大口叩くじゃん

 リザードマン達は、誇り高い種族だ。潔く、竜に繋がる証だと鱗を誇り、沼地に棲まう他の種族を保護してきた。危険な辺境に好んで移り住み、人族から魔族を守る職務を引き受ける。戦士であり……なのに、こんな姿……。


 大木に寄り掛かるボティスを囲む複数の人族は、長細い筒を手にしている。すでに攻撃を受け武器を落とした彼は、大木に背を預けて敵を睨んだ。右腕は折れて使い物にならず、腹に突き刺さった棒から血が垂れる。他にも槍でついたような穴が太腿に複数あった。


 息が荒いのは激痛に耐えて動いたせいか。無事な左腕で誰かを後ろに庇っていた。彼に重なる魔力は柔らかく、弱々しい。魔の森は我が子たる2人を守ろうと枝を伸ばした。蔓がするりと幹を回り込み、傷つけられた子供達を撫でる。


「後ろに巫女を庇ってるの?」


 声をかけて、人族の間をすり抜ける。殴りかかる棒を片手で弾き、竜化させた腕でへし折った。悲鳴をあげて棒を離した男に舌打ちする。もう少ししっかり握っていたら、腕ごと折ってやったのに。


 結界をボティス達に展開し、足元にこれみよがしに魔法陣を設置した。安心したのか、ボティスが表情を和らげる。そこへ治癒の魔法陣も重ねた。


 複数の魔法陣を同時展開しても余る魔力が、怒りの感情につられて漏れ出た。ルキフェルの角が伸び、背の羽がばさりと音を立てて広がる。ボティスを守る森の木が伸ばした枝が、羽の先に触れた。


 魔族を傷つける人族なんて滅びればいい。怒りが昂じて、感情が不安定になるのを感じながら、ルキフェルは穏やかさを装って話しかけた。


「遅くなってゴメン。巫女は無事?」


「はい、閣下のおかげです」


 ボティスが少し身をずらすと、見た目は幼い少女が顔を覗かせた。手足に鱗はあるが、顔は顳顬以外は白茶の肌だ。顳顬部分だけオレンジ色の鱗があり、歳の離れた兄妹はよく似た魔力を持っていた。


「くそっ。なんだよ、この化け物」


 自分を示す単語に、ルキフェルはにたりと笑う。口が裂けたように広がり、鋭い牙が覗いた。くるりと向きを変えて、人族に向き直る。


「1人の戦士に6人がかりのくせに、随分と大口叩くじゃん」


 白い肌にかかる水色の髪がぶわりと風に舞い上がる。首筋に届く長さの髪は、まるで炎のように上へ向かって揺らめいた。


 傷ついた森に青い魔力が吸い込まれていく。癒すついでに、この愚者を栄養にしてあげるよ。心の中で話しかけるルキフェルに応えるように、森はざわりと葉を震わせた。大切な子供達を、母である森は見捨てない。呼び寄せた援軍は、すぐ近くだった。


「ルキフェル様、巫女と長殿はお預かりします」


「うん、任せる」


 木の太い枝に現れたのは、ハイエルフのオレリアだ。長く垂れた薄緑の髪は首の後ろでひとつに結ばれていた。身軽さを優先し、肌の露出が激しい服装は精霊や妖精系に多い。彼女もその例に漏れず、見事なプロポーションを見せつける服装だった。愛用の弓を背負った彼女は、ひらりと大木の根本に舞い降りた。


「マジか! すげぇ、綺麗な女じゃねえか」


「捕まえようぜ」


 男達の下卑た視線を無視し、治癒が効いたボティスの後ろから巫女へ手を差し伸べた。突き刺さった棒を抜いた兄の傷が治るのを見て、巫女はほっと安堵の息をつく。守りの魔法陣は瑠璃竜王が敷いたもの、何も不安はなかった。


「ドライアド、焼かれた森を修復するよ」


 森の木々の中を移動する樹人族の気配がする。これも魔の森が呼んだ援軍だろう。ルキフェルへの返答に枝と葉を揺らしたドライアドが、人族の足元へ蔦を伸ばした。反撃の意思を隠さない森は、木漏れ日を遮った暗い空間でざわめいた。

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