657. 預かった争いの行方
アスタロトに引きずられるようにして駆けつけたルシファーは、額に手を当てて唸る。横倒しになって動けないドラゴンが2匹、神龍族に噛み付いた狼獣人が1匹、シェンロンに絡みつかれたドラゴンが1匹。確かに大惨事だった。
周囲を取り巻く獣人達は多種多様。熊から始まり、兎、狐、狼、猫、犬……リザードマンやガギエルも混じっていた。ドラゴンは空を飛んでいる者も含めれば、戦闘不能は半数程度だ。神龍族は6匹で思ったより少なかった。
しかし城門の一部が壊れ、門番の鳳凰アラエルが怒り狂っている。ピヨと共に気炎を吐く姿は、勇ましい。よく見ると、壊れた城門の穴にシェンロンが突き刺さっていた。
「落ち着いて、騒ぎを大きくしない!!」
大興奮のドラゴンを諫めるベールだが、その声は届いていないようだ。大きく口を開いたドラゴンが、足元の兎獣人を噛んだ。助けようとする猫獣人が、岩を凹ます勢いの猫パンチをかます。堪らずひっくり返ったドラゴンに、狐獣人が押しつぶされた。
阿鼻叫喚とはこのことか。
騒動の始まりはわからないが、とにかく止めないと遺恨が残りそうだ。せっかく苦労してカカオ豆からチョコレートを作ったのに、無駄になるのは腹立たしい。なにより、この祭りを楽しみにしているリリスの顔を曇らせたくなかった。
声に魔力を乗せ、耳ではなく体内へ直接響かせる。
「鎮まれ。我が居城前の戦闘行為は預かる」
強く言い切ったルシファーの魔力に、誰もがぴたりとその場で止まった。ベール達大公も同じ方法で話しかけることができる。しかし他者の魔力に直接介入するため、よほどの緊急事態でなければ使用しなかった。
他人の耳を掴んで叫ぶ行為と同じで、かなり失礼な行為に当たる。ルシファーも滅多に使わないが、さすがにこの状況で手段を選ばなかった。
ぴたりと止まった状態で振り返るドラゴンや、殴り掛けの拳を振り被った獣人が、ぎこちなく動き始める。魔王の命令に従い、争いは預かり扱いとなった。異議があれば、この場で申し立てしなければならない。その場合は強制的に、力づくでねじ伏せられることを意味した。
しんとした城門の上で、ルシファーは苦笑して穏やかな声で続けた。
「祭りに来たのであれば、大人しく待て。ケンカをするようであれば、参加を拒むしかなくなるぞ」
申し訳なさそうに人型に変化する竜や龍が、項垂れる。獣人達も慌てて頭を下げた。これ以上ケンカをするつもりはないようだ。
「あとは任せる」
アスタロトとベールにそう告げ、ルシファーはひとつ欠伸をした。寝起きで駆けつけたため、まだ朝食を済ませていない。すぐにリリスも迎えに行かなくては……。あたふたと踵を返した魔王は、城内へ戻っていった。
頭がかっとなって熱くなった状態で話が聞こえなかった彼らも、一度冷静になれば我に返る。冷や水を浴びせられたケンカは鎮火していた。
「悪かったな」
まだ横たわって立ち上がれないドラゴンに謝罪する獣人が、駆けつけたルキフェルによる治癒に魔力を提供する。互いに治癒魔法陣を使って癒し合いながら、バツが悪そうに俯いた。
「早朝から、魔王陛下のお邪魔をする気はなかったんだが」
「申し訳ない」
「怒っていらしたか?」
「姫様にも謝らないと」
口々に漏れる謝罪や困惑の声を聞きながら、アスタロトがベールに歩み寄る。部下に指示を出すベールが振り返り、くすくす笑った。
「あの方らしい仲裁です」
「乱暴な方法ですが……」
その後ろをアスタロトは声に出さなかった。乱暴な方法であっても、ルシファーだから受け入れられる。彼以外の誰が魔王の座についても、こうは簡単に収まらないだろう。
いそいそと魔王妃を迎えに行くルシファー以外の、誰が魔王でも民は割れたはずだ。大公全員であっても、彼の代理には足りない。そんな唯一の存在である自覚が薄い後ろ姿を見送り、アスタロトは現場の片付けにかかった。
魔王預かりとなった現場で、2人の若者が互いを睨みつけて唇を噛む。最初に激突したドラゴンとシェンロンだった。まだ燻る火種は、予想外の形で祭りに影響を与えることとなるが、その小さな種火に気付く者はいなかった。
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