656. 女性の身支度はいつの世も……
疲れた身体を休めるベッドの上、片腕をリリスの枕に提供したルシファーの目覚めは……強烈だった。どんっ! 部屋の外で響いた大きな音に目を開け、ひとつ欠伸をする。見ればリリスも目元を擦りながら上半身を起こすところだった。
「陛下、失礼いたします」
「失礼過ぎるだろ。まだダメだ」
緊急事態を告げに飛び込んだベールが開けたドアを、魔力で閉める。ネグリジェ姿のリリスを、別の男に見せる気はなかった。例え大公であっても……これは極秘情報だった。
すごく可愛いのだ。愛らしい大きな目がとろんとした感じで、ストレートの黒髪は毛先がくるんと丸まっている。その癖っ毛も身だしなみを整えると、ルシファーや侍女のアデーレ以外は知らない秘密になった。腕枕の跡がついた頬はほんのり赤く、白い肌を彩る。
こんな状態のリリスを見たら、誰もが欲しがるに決まってる。絶対に誰にも見せない。固い決意でドアを複数の魔法陣で覆った。
「ルシファー様、いい加減にっ! しなさいっ!!」
ドアを魔法陣ごと吹き飛ばしたアスタロトが、肩で息をしながら部屋に飛び込んだ。緊急事態だから呼びに行かせたのに、ベールを拒むとはいい度胸ですね。黒い笑みで、乱れた金髪を手櫛でかき上げる。大きく深呼吸して、ベッドの上で抱き合う魔王と魔王妃に一礼した。
今更だが礼儀は礼儀だ。顔を上げれば、リリスをシーツで覆い隠したルシファーが、むすっと唇を尖らせて不満を表明していた。
「それで? 何の用だ」
「緊急事態です。城門前でドラゴンとシェンロンが激突、余波を受けてケガをした獣人が暴徒化し、ドラゴンの鱗を剥いだと騒ぎになっております」
どの種類の獣人を怒らせたのか知らないが、鱗を剥がれたドラゴンはしばらく激痛にのたうっていることだろう。彼らは硬い鱗に守られてケガをしないから、打たれ弱いのだ。ドラゴンの鱗の蘇生に治癒魔法は使えただろうか。
寝起きで多少ぼんやりした頭で、話の一部だけを切り取って考える。
「ルシファー様、きちんと起きてください。現状、ドラゴンとシェンロンがケンカしており、大公の説得も聞きません。このままだとカカオ豆祭りが中止にせざるをえなく……」
「中止はならん!」
リリスが泣くだろうが! というか、昨日までの努力が台無しになるだろ!? 本音駄々洩れのルシファーが身を起こし、リリスを包んだシーツをそのままに床に下りる。指をぱちんと鳴らして着替え、シーツの中でもぞもぞ動く愛しい少女に声をかけた。
「リリス、朝からごめん。オレは仕事で行かなきゃならないから、着替えはアデーレに手伝ってもらってね。服は金の刺繍がされた
ごつん! 派手な音がして、ルシファーの後頭部を殴ったアスタロトは、無理やり腕を掴んで部屋から引きずり出す。
「いい加減になさってください! 急ぎだと言ったでしょう。リリス姫は身支度が済んでから、イポスを伴ってお越しください」
出口できちんとリリスへ声をかけ、後頭部の痛みに涙目のルシファーを引きずって退出した。入れ替わりに入室したアデーレが苦笑いする。
「まったく、あの人は手加減を知らないんだから」
シーツの中から顔を出し、リリスは「ぷはっ」と大きく息をついた。ルシファーが嫌がるから、大人しくシーツの中にいたけれど息苦しい。くしゃくしゃになった黒髪を手櫛で直しながら、リリスは肩を竦めた。
「ルシファーが悪いのよ。まったく……引き出しの一番下に全部入れたと言えばいいのに」
「……リリス様? 一番上と2段目ですわ」
「あら、そうだったかしら」
どうやらお姫様はまだ半分寝ぼけている様子。微笑んだアデーレは手早くリリスをベッドから立たせ、洗面室へ誘導した。綺麗なお姫様が出来上がり、リリスが護衛のイポスを連れて城門近くへ姿を現すのは、この30分後のことである。
女性の身支度はいつの時代も、どの種族であっても長いのが通例だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます