520. 召喚者も誘ってみました

 シンプルで汚れが目立ちにくく、しかしリリスの愛らしさを損なわない服――魔王妃の部屋に続く衣装部屋の中で真剣に悩んでいた。


 魔王の私室の並びに作られた魔王妃の部屋は、間にリビングを挟んでいる。ここは私的な執務室を兼ねていることもあり、かなり広かった。ルシファーたっての希望で、リリス用の魔王妃部屋は、この執務室を通らないと廊下に繋がらない形で作られている。


 頼まれて設計変更したドワーフの親方は、グイっと親指を立てて「独占欲おおいに結構! お妃さまは愛されて幸せですなぁ」と余計な発言をした。赤くなって照れるルシファーと冷めたアスタロトの対応は、温度差がすごい。一応「安全のための機密事項」として、親方に口止めは忘れない側近だった。


 突き当りにあるリリスの部屋と執務室が接する廊下を潰す形で作った衣裳部屋だが、8割は幼女のドレスやお飾りが並ぶ。その中から色が濃い目のワンピースを手に取った。以前に着せたことがあるふんわりした濃茶の服だ。視察用に泥や汚れが付きにくいよう、魔法文字で防汚の刺繍がされている。


 リリス曰くチョコレート色らしい。金の刺繍が上品さを漂わせるワンピースをリリスに着せ、手早く上に白いエプロンを着せた。


「うん、可愛いぞ!」


「髪の毛、くるんてして」


「わかった」


 手際よくお団子に纏めた髪に、共布のリボンを絡めて固定した。そこで自分の袖を固定しっぱなしだったことに気づいて解除する。リリスを抱き上げて部屋を出て、騒がしい城門の方へ足を向けた。


 途中で数人のエルフとすれ違う。何やらハーブ片手に地下へ向かう様子から、イフリートに頼まれたのだろう。 逆の方向へ走っていくコボルトは、ソースや塩の瓶をお盆に乗せている。焼き肉用のタレを大量に抱えたコボルトが転びかけ、手前にいたエルフが木の枝を操って受け止めた。


「あ! アンナちゃん達だ!」


 エルフやコボルトに目を向けていたルシファーと違い、全然違う方角を見ていたリリスが声をあげる。つられて視線を向ける先に、3人の召喚者達がいた。立ち止まって困惑した様子で城門の外を窺うアベルと、アンナを横抱きにしたイザヤに近づく。


「いかがした?」


「「「魔王様!?」」」


 仲良くハモった彼らに首をかしげて返答を待つ。驚きから一番早く立ち直ったのはアンナだった。抱きかかえられた状態ながら、小さく会釈する。別に貴族でもないし客人扱いなのだから、カーテシーを期待していないルシファーが頷いた。


 ほっとした表情で口を開くアンナの説明は、わかりやすい。大きな音と地震があったので慌てて建物から出た。すると今度は城門方向で火事があり、手伝いを申し出たところ「大丈夫」とエルフ達に言い切られたらしい。そのまま戻るか迷っているところに、ルシファーが来たのだ。


「なるほど……わかった。そなたらも来るがよい」


「くるがよい!」


 繰り返してご機嫌のリリスが手招きしたことで、3人はルシファーについて城門へ向かう。外へ出た彼らを待ち受けていたのは、非常に人懐こい人外の集団だった。3割ほどは酒を飲んで浮かれ、別の3割は黙々と料理を食べる。残り4割は肉を焼いたり鍋に野菜を投げ込んだりと仕事中だった。


「あれ? 戦闘があったんじゃ?」


「火事、でしたよね?」


 近づいてきたベルゼビュートが「そうなのよ」と相槌を打ちながら、アベルとアンナの肩を叩いた。きちんと力加減が出来ているので、さほど酔っていないらしい。


「亀が降ってきたから戦ったの。火事はその時のアラエルの炎ね……でもって、見てこれ! 素敵でしょう? 陛下にご褒美に戴いたのよ。グラシャラボラスと名付けたわ」


 一息に話した彼女の目的は、後半の剣の自慢だった。酒のグラス片手にあちこちで自慢しまくり、新しい顔ぶれを見つけて近づいたのだろう。実害はないので放置して、ルシファーはリリスを鉄板の近くに連れていった。


「ほら、焼肉出来るぞ」


 届かない足をじたばたするリリスを抱きかかえて調整しながら、火傷防止の魔法陣をリリスの両腕につける。脇に手を入れた不安定な状態でも、普段から抱っこに慣れたリリスは気にしなかった。ぶらぶらと足を揺らしながら、ご機嫌で肉をひっくり返す。


「パパ、あーん」


 トングで掴んだ肉をそのまま差し出され、一瞬だけ戸惑う。食べないという選択肢はないが、口を開けても上手にいれてもらえるか。まあいいかと覚悟を決めて口を開ければ、まさかのトングごと口に突っ込まれる苦行が待っていた。


「おいちい?」


「……っ、も、もちろんだ。リリス」


 麗しい魔王様のご尊顔が崩れた瞬間を目撃した者はかたくなに口を噤み、リリスは鼻歌を歌いながら再び肉を焼く。しかししばらく焼くと満足したようで、複数の皿に取り分けた。


「パパ、これもって」


 渡された皿は4皿だったので、行儀は悪いが宙に浮かせて運ぶことにする。左腕はリリス専用なのだ。抱っこした幼女はピンクの花が描かれた自分のお皿に、亀肉を盛っていた。


「あーん」


 途中で何度も花柄の皿からフォークで食べさせられる魔王が、今度はリリスに同様に食べさせる。給餌行為は魔族の多くが習性とするため、誰にも咎められず会場を横切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る