1326. 悩むより動いた方が早い

 タコ焼き用の鉄板が出来上がるまで、タコの捕獲は後回しとなった。朝早くから起きたリリスは、庭で収穫したハーブをお茶にして楽しむ。


「これはいい香りだ」


「そうでしょう? 組み合わせがいっぱいあるから、楽しいわ」


 ハーブティは森の娘であるリリスと相性がいい。レラジェが久しぶりに城に戻ったこともあり、はしゃいで庭に繰り出した。朝食のパンケーキを運び、ガーデンテラスでのんびり過ごす。


「レラジェ、これも美味しいわよ」


「うん!」


 アンナ達の双子にとって兄でもあるレラジェは、最近大人びてきた。やはり面倒を見る弟妹がいると、いつまでも子どもっぽく過ごせないのだろう。どこの家でも普通に起きる長男の変化を、アンナもイザヤも穏やかに受け止めた。無理に兄振らなくてもいいが、本人が面倒を見たがるなら好きにさせる。その鷹揚な態度がレラジェの成長の一端を担っていた。


「予定がないなら一緒に行くか?」


 お茶を楽しみながら、リリスの口にさくらんぼを放り込むルシファーが首を傾げる。朝食が終わったら、ルキフェルと一緒に魔法陣の調整に出かける予定だった。リリスは大公女達と髪飾りの打ち合わせがあるので留守番だ。二人の予定を聞いたレラジェが選んだのは、ルシファーとの同行だった。


「レラジェは髪を結わないから、髪飾りは興味ないわよね。うふふ」


 リリスは何かを選ぶのが好きだ。それが髪飾りや服、靴であっても。お風呂に入る際の薔薇も、いつもリリスが色を選んできた。魔の森の一部を切り取って生まれたリリスは、選ぶ行為自体を特別だと認識する。常に流されるまま受け止める森の在り方と違う考え方だからか。


「後で見せて」


 選んだのを見せてほしい。帰ってからの楽しみも見つけたレラジェのお強請りに、リリスは頬を緩めた。


「わかったわ。気をつけて行ってきてね」


 ルシファーがいるから滅多なことはない。わかっていても口にする心配が、レラジェは嬉しかった。大きく頷くレラジェは、皿に残ったパンケーキに苺ジャムを乗せて頬張った。口いっぱいに広がる苺の香りと甘酸っぱさを楽しむ。


「ルシファー、そろそろ……って、まだ食事中?」


「もうすぐ食べ終わる。よかったら何かつまむか?」


 軽い足取りで現れたルキフェルがテーブルの脇で立ち止まり、ひょいっと手を伸ばした。届かない位置の林檎を風で招き寄せ、無造作に齧る。やや酸味の強い林檎に顔を顰めたものの、また一口。


「これ酸っぱい」


「蜂蜜は?」


「大丈夫。リリスは行かないんだって?」


 途中で大公女ルーシアから聞いた情報を確認する。リリスは肯定しながら、代わりにレラジェが一緒だと告げた。頬いっぱいにパンケーキの詰まった子どもの頭をくしゃりと撫でて、ルキフェルは林檎の残りを頬張った。


「僕とルシファー、レラジェ。あとはヤンだけ?」


 昨夜から狼達の群れに合流しているヤンの名を上げる。護衛として同行したいと申し出があった。常に心配性のフェンリルは、主君であるルシファーの側にいたいと願う。多くの友を見送ったからこそ、ルシファーはその願いを受け入れた。


 一緒にいられる期間は限られているから、ヤンの気持ちが理解できる。いつも置いていかれる立場だった。大公達とて、いつ別れが来るか。己の寿命すら分からないのだ。互いに居心地が良ければ、一緒にいることを拒む理由がなかった。


「ヤンは庭?」


「早朝には城門に戻ったぞ」


 魔力感知で居場所を確認したルシファーが断言する。ようやく口が空になったレラジェがジュースを飲み干し、慌てて椅子から飛び降りた。


「僕、準備できた」


「よし、行くか」


 久しぶりに幼子を抱き上げたルシファーは、リリスに行ってきますのキスを贈る。頬に触れたキスを反対の頬に返して、リリスは手を振った。


「行ってらっしゃい、気をつけてね」


 異世界の裂け目を塞ぎに行くにしては、あまりに軽い彼らであった。

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