96. 使う予定は未定のお部屋
「王妃様のお部屋です」
「ああそう………へ?」
ベールの説明にうっかり同意しかけて、慌てて身を乗り出した。膝の上でリリスが手を伸ばし、お菓子を掴んでいる。落ちないように支えながら、ルシファーは図面をよく確かめた。
魔王の私室と面している扉は4つだ。クローゼットやバスルームへ続く扉、廊下へ出る扉、左側のリリスの部屋に繋がる扉、そして今回の『王妃の間』の扉だった。
「使わなくても構いませんが、諸侯らから希望が出ています」
独身でも今まで何も言われなかった。しかし不死かと思うほど寿命が長い魔王といえど、命の危険はあると感じた諸侯らは次世代を担う魔王の子を望んだのだ。ルシファーを頂点とする王政を築いた手前、ベールやアスタロトも無碍に却下できなかった。
また、ルシファーがリリスを可愛がって手放さないことも影響している。自分の御子が出来たら、きっと輪をかけて可愛がるだろうと貴族達は期待した。そのためにはまず、妻が必要なのだ。魔王陛下に娘や姪を献上できたら、その名誉は計り知れない。
たぶんに打算を含んだ考えであっても、間違った計画ではないため側近も反対しづらかった。複雑な心境で眉をひそめるベールと、不機嫌さを隠そうともしないアスタロトがそれなりに言い争った結果だとしたら、ルシファーも無視は出来ない。
「作るのはいいぞ。たぶん使わないけど」
膝でクッキーを頬張るリリスが大きく両手をあげた。ルシファーの髪を左手で掴み、右手で首に触れる。ルシファーが覗き込むと、彼女は大きく手を振り回しながら指差す。
「このお部屋も、リリスの!!」
「……王妃の部屋、ですよ?」
言外にリリスに与えると、他の諸侯が黙っていないと匂わせたベールに対し、アスタロトはぽんと手を打った。何か案が浮かんだらしい。
「そうですね。リリス嬢が陛下に嫁げばいいのです」
「………オレにロリコンの称号を授ける気か?」
呆れたと肩を落としたルシファーの首に手を回したリリスが、ぎゅっと抱きついた。クッキーの油がついた手で白い髪を撫で回す。
「不満ですか? これほど溺愛しておいて?」
アスタロトがにっこり笑うと、予言めいた言葉を吐いた。
「おそらく王妃の部屋はリリス嬢が使いますよ。いつになるか、わかりませんけれど」
魔王が知らない場所で、奇妙な密約が成された瞬間だった。
「魔王陛下は王妃の間を作られた」
「妻を娶るおつもりだ」
「我が自慢の娘を……ぜひに!」
色めきたつ貴族の思惑をよそに、当事者に嫁取りの意思はない。引越しの荷物もないため、そのまま自室で寛ぐルシファーの元へ、美しい
兎耳と尻尾が愛らしい少女が紅茶を運んでくる。入り口でアスタロトに撃退された。
「お疲れ様です」
美しい顔に浮かべた笑顔に見惚れた瞬間、失格の烙印を押される。次に来た子供は結婚適齢期に達していないが、整った容姿をしていた。アスタロトを魔王と勘違いしたところで、お帰りいただく。アスタロト曰く、旦那となる男の顔も知らないのは許せないらしい。
3人目は妖精族系で背に羽があった。入り口でガードするアスタロトをすり抜けて転移したところで、部屋に仕掛けられた魔法陣に捕獲される。羽虫のように外へ捨てるアスタロトの容赦のなさが光った。ちなみに転移防止魔法陣の罠は、書類から逃げるルシファーのためにベールが特製した一品だ。
続いた4人目の角がある女児に、ルシファーが溜め息を吐く。
「なんで少女以下なんだ?」
オレの嫁候補として送り込まれてるんだよな? まっとうな疑問へ返って来たのは容赦ないアスタロトの指摘だった。
「陛下がリリス嬢を抱っこして歩くので、幼女趣味だと思われていますね。自業自得です」
「いやいやいや。娘を抱いてるだけで、ロリコン疑惑はおかしいだろ!」
反論はむなしく部屋に響いたが、開いたドアの隙間から話を聞いた貴族達は、次こそ魔王ルシファーを射止めるべく一族の未婚者をかき集めることになった。
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