651. カカオ豆祭り、準備は着々と

 爆発するかどうかは横に置いて、カカオ豆祭りになったのはいかがなものか。ルシファーとリリスが喜んだため、お祭りの開催が決定された。溜め息をつきながらベールやアスタロトが承認したのは、即位記念祭の前に彼らが暴れるのを防ぐ目的もあるらしい。


 ドラゴンが収穫した大量のカカオ豆を前に、ルキフェルはイザヤと詳細を詰めていた。なんでも種だけ取り出した後、発酵させて乾燥させる。砕いてカカオマスと呼ばれる粉にしてから、ココアやチョコに加工されるらしい。この辺はイザヤも話で知る程度で、実際に携わったことはなかった。


 カカオマスの状態であっても、お目にかかることは滅多にない現代っ子である。彼が知っているのはココアの粉末と、チョコレートのプレート状態からだった。それはアベルやアンナも同様だ。


「本で読んだ際は、発酵させると書いてあった」


「その本はどこ?」


「異世界だな」


 残念と溜め息をつき、イザヤの知識をさらに掘り下げる。ルキフェルの質問に淡々と答えるイザヤが、途中で行き詰った。というのも、どのくらいまで発酵させるか基準がわからない。近くにいたエルフも加わり、知識の交換が始まった。


 発酵食品を他種族に供出しているエルフによれば、発酵は味や食感を変化させる目的以外に、香りを引き出すためもあるらしい。匂いである程度判断がつくのではないかと結論付けられた。この世界では卵を割ると黄身に該当する黒い身があり、白い部分がカカオバターなので分離するだけだ。


 カカオ豆はあれこれ加工が必要だと聞き、ルキフェルは興味津々だった。ゾンビの研究も一段落して他の研究員に委ねたばかりで、手がいていた。発酵と乾燥に使う魔法陣を指先で作りながら、次の懸案に耳を傾ける。


「砕くと粉になるが……たぶん、何か工程が抜けた気がする」


 自分が作った経験があれば記憶もはっきりするが、テレビや本で眺めた程度の知識しかなかった。避暑地でチョコレート工場を見学した記憶を呼び起こして、再び口を開く。


焙煎ばいせんか?」


「あら、珈琲みたいね」


 目を瞠ったエルフが唸りながら提案した。


「焙煎だとエルフより、火の精霊族イフリートの方が詳しいわ。彼も呼んだ方がいいのではなくて?」


 すぐに料理長イフリートを加え、焙煎の打ち合わせが始まる。魔王城全体の料理の指揮を執る彼を連れ出すわけに行かず、ルキフェル達が調理場隣の部屋に移動した。焙煎用の魔法陣も検討し始めたルキフェルは、焙煎時間や温度の設定を変更できるよう調整を加えていく。


 さらにドワーフが焙煎用の装置を作ることになり、回転させる軸の話でアベルと盛り上がった。新作チョコレートと聞いて張り切ったアラクネが、お祭り用に揃いの上着を用意し始める。まだまだ騒動は広がり、各種族が得意分野で参戦してきた。すでに即位記念祭に匹敵する参加規模になりつつある。


 騒動が大きくなる傍らで、リリスは卵タイプのカカオを使ったチョコムースを作っていた。調理場の隣室は道具も揃う便利な部屋だ。黒卵を撹拌かくはんしたチョコレートをベースに、ふんわりと柔らかく仕上げるため風魔法を駆使する。魔力の調整が上手になったリリスは、手際よくムースを絞り袋で飾り始めた。


 冷やすための氷を作ったルシファーに礼を言って、ムースを冷やしていく。氷にムースの器と同じ穴を空けて、そこに嵌める形を取ったので順調にチョコムースは仕上がった。最後にクリームやフルーツを飾るつもりで、リリスがまだ手を動かす。


「リリス、こっち向いて」


「どうしたの?」


 手を止めて顔を上げるリリスに近づき、その頬に飛んだチョコムースをぺろりと舌で味見する。偶然目撃したアンナが「まあ、素敵」と頬を染め、隣でイザヤが「なるほど」とアンナの様子に納得した。こうすれば喜ぶらしいと、偏った知識を蓄えていく。


 その後ろでにこにこ見守るルキフェル、再びカップルのいちゃつく姿を見せつけられた独り身のアベルが「ホントに、リア充爆発すればいいのに」と恨みがましく呟いた。

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