971. 寒さに弱い種族はお留守番

 まだ早い時期だと言うのに、ベールの領地は白かった。昨夜降った雪が景色を塗り替えている。しかし薄っすら積もっただけなので、歩くと足跡が綺麗に残った。


「すごい! 白いわ」


 ベールの城に転移した後、リリスに促されるまま外へ出た。何もない森の中を抜けなければ、集落はない。幻獣達を保護する森は開発が制限され、見渡す限り木々が生い茂る鬱蒼とした森だった。


 大きな湖の近くは木がなく拓けており、幻獣や神獣の水飲み場として使われる。そのさきに広がる草原は白、動物が通った足跡もくっきり残っていた。


「綺麗ですね」


「手付かずの自然、ですか」


 海で隔てられた北の大陸に来た経験がある大公女は、ルーシアだけだった。オレンジの髪のレライエは火竜が多い一族の出身なので、寒い北へ来ることがないし、シトリーも暖かい森に領地がある。鳥人族は寒さに弱いので、シトリーの着込み具合は凄かった。自室を温室にする彼女は耳や鼻までマフラーで覆っている。


 ルーサルカは獣人とのハーフなので寒さに強い。狐は本来寒い地域に生息することもあり、尻尾が嬉しそうに揺れた。


「ひんやりして気持ちいいわ」


「ルカは北の大陸の方が合うのかしら」


 水の精霊族であるルーシアは北の出身者だった。大公女の中で唯一である。久しぶりに実家がある故郷の近くに来たため、声が弾んでいた。せっかくなので彼女の実家にも顔を出すことにしよう。ルシファーの中で、回る種族の順番が組み立てられていく。


「この辺りは虹蛇の領域か」


 湖が近いこの場所はユニコーンや麒麟もよく顔を見せる。だが、管理自体は虹蛇が行なってきた。日向ぼっこをしないと死んでしまう蛇の習性もあり、ほぼ毎日この場所を利用する。


 水辺には様々な種族が集まるため、今日は1日湖のそばで過ごすことにした。明日になれば幻獣の間に噂が広まり、様々な種族が集まってくるだろう。その中から、リリスや大公女が興味を持った種族の住処を見に行けばいい。


 適当な計画だが、魔族は自由気ままに生きる種族ばかりのため、細かく計画しても彼らは動かない。きちんと動くのは、魔王軍に入った者ぐらいだ。


「息が白いわ」


 興奮した様子で、はあと息を吐いて両手でぱたぱた打ち消すリリスの仕草に、頬が緩んだ。寒さを多少なり感じた方が無理をしないと考え、結界の温度調整をしたのが功を奏した形だ。


 氷を操るのも得意なルーシアは、湖の端に氷の像を作り始めた。きらきらと美しい氷で作られたリリスの像に、ルーサルカが駆け寄る。見事だと褒める彼女の像を隣に作り、わずかの間にルーシア自身やレライエ、シトリーの姿も作り上げた。


「ルシファーも!」


「失礼でなければ……」


 魔王相手なので、勝手に作っていいか判断できなかったのだろう。氷の像は崩れてしまうから縁起が悪いとする考え方もあった。だが、その程度のジンクスを気にするようでは、多種多様な魔族の王など務まらない。


「歓迎だ、リリスと手を組んでいたいな」


 要望付きで告げると、ルーシアは慎重に作り上げた。原料の水は湖から供給し、足元を水につけて氷像を作り上げる様子は寒そうだった。もっとも彼女は寒さを感じていない。作り上げた像に感心していると、寒さに弱い翡翠竜がずずっと鼻を啜った。


「さむぅ」


 肩掛けのバッグに入ったアムドゥスキアスは、レライエに抱き締めてもらい、寒いながらも幸せそうだ。どうやら防寒の必要はない。冷えた手を温める目的でバッグに手を入れる婚約者に、顔が緩みっぱなしだった。温かい腹を押し当てる彼の姿に、少し考える。


「レライエとシトリーは魔王城待機にしよう。リリスは理由がわかるか?」


 勉強を兼ねて尋ねる。2人の顔を見つめてから振り向いたリリスは大きく頷いた。


「わかる! 凍らないようにね」


「う……まあ、近いな。2人は魔王城の中庭に戻すから、しばらくベールやアスタロトの補佐を頼む。しっかり勉強してくれ」


 素直に頷いた彼女らを戻し、代わりにヤンを呼び寄せる。温かい中庭の陽だまりにいたヤンは、到着するなり大きなくしゃみを2回連発した。

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