354. パパを傷つけないで!
「……参ったな」
傷ついた翼の状態を確認し、くすくすとルシファーが笑い出した。敵からすれば、負けが確定して狂ったように見えたのだろう。勝利を確信した彼らは自らの剣や爪を向ける。
ルシファーの純白の毛先が風に揺れた。直後、膝近くまである長い髪が舞い上がる。ぶわりと真下から発生する魔力の流れが、生き物のように髪を躍らせた。4枚の翼をばさりと羽ばたかせると、血を滴らせていた傷跡が消える。魔法ではなく、魔法陣も不要だ。ただ魔力が揺らいだだけ。
「これでは手加減が難しくなるではないか」
くつりと喉を震わせ、整いすぎた顔に喜色を浮かべる。久しぶりに魔力を解放した魔王の周囲を、美しい銀色の光が渦巻いていた。竜巻のようにくねりながらルシファーを包む魔力が突然増える。背に追加で4枚の翼を広げた美貌の主は嫣然と微笑んだ。
「光栄に思え。矢の返礼だ」
解放した魔力と翼の余波が、リリス達の結界を震わせた。ルシファーの魔力を共振するように、鈴に似た小さく甲高い音が響く。不快な音ではなく、リリスはきつく握っていた手を緩めた。手のひらに食い込んだ爪の痕に気づき、ルーサルカが治癒の魔法陣を展開する。
「ありがとう」
「いえ……陛下はきっと大丈夫です」
「わかっているの。それでも」
不安なのよ。そう笑ったリリスが深呼吸してから両手を胸の前に組んだ。祈るような形に釣られ、4人の少女達も同じように手を組む。警戒を緩めない魔狼達だが、勇ましかった尻尾が足の間に挟まれていた。魔王の威圧に恐怖を感じているのだろう。
「……っ、何事ですか」
ルシファーが解放した魔力に驚いて転移したアスタロトは、咄嗟に自らを守る結界を張った。攻撃されなくとも、この威圧の前では危険を感じる。前面に張った結界を維持しながら、指先で後ろに魔法陣を描いた。一歩下がって魔法陣を稼働させる。
「アシュタ、パパがケガしたの」
「ルシファー様の結界を破ったのですか?!」
あの程度の輩が? アスタロトが指さした先で、矢を取り出した白衣の魔族は呪縛され動けなくなっていた。両膝をついて全身を小さく屈める彼らの後ろで、キマイラは怯えて泣き叫んでいる。本能が発達しているからこそ、キマイラはルシファーの恐怖を身近に感じたのだ。
がくがく震える白衣の魔族に眉をひそめたアスタロトへ、リリスが落ちている矢を示す。
「あの鏃は結界を貫くわ」
「わかりました、回収します」
指先に2つの魔法陣を作ると、器用に矢を1本引き寄せて、鏃を封印してから収納する。その間に人族の魔術師は自滅していた。魔王の威圧の余波を受け、気絶したのだ。ある意味幸せな状態ともいえる。この状況ならば操っていた魔物は逃げ出すし、ルシファーが殲滅する対象から外れるはずだ。
冷静に状況を見ながら、優位揺るがずとアスタロトは安堵の息をついた。そして後ろで動く1人の魔族を見落とす。後で悔いても追いつかぬ失態の始まりだった。
ルシファーが広げた翼から注がれた魔力により、飽和状態になったキマイラが次々と絶命する。彼らの餌は魔力だが、与えられすぎた魔力が体内で暴走してキマイラの生命力を削った。倒れるキマイラに圧し潰された魔族に、ルシファーの雷が落ちる。
簡単そうに、ルシファーは2つ目の雷を次の男へ落とすために指さそうと動いた。左手のデスサイズが危険を知らせるように唸る。
「どうした? デスサイズ」
身長より大きな三日月の刃が闇に溶け、命令もなく形状を変化させた。怪訝そうな主の足元で、
引き絞られた弓に、あの白金の鏃がついた矢を構えた1人の男がいる。青年にはまだ幼く、少年と呼ぶには勇ましい彼の顔立ちは見覚えがあった。普段から弓矢に親しんだ所作でつがえ、矢羽を掴む指先がぴたりと止まる。
敵に気を取られるアスタロトも、後ろにいる少女達も、己を守ろうと斜め前に立つヤンやイポスの存在もすっかり頭から抜けた。叫ぶ声は喉の奥に貼りつき、呼吸すら阻害する。
ダメよ! その矢はダメ! パパを傷つけないで!!
恐怖がリリスを縛り付け、見開いた目に涙が滲む。ビンッ、弦の音がして矢は放たれた。
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