1316. 魔力も言語も違う異世界人

 消火の騒ぎに乗じて襲う気もないので、焚き火から離れた場所で時間潰しを始めた。


「リリス様、これはいかがです?」


「綺麗! ありがとう、イポス」


 貝殻拾いだ。そんなことしなくても、人の頭くらいの巻き貝を海底から見つけてくる魔王が横にいるのに、全員で小さなピンクの貝を拾った。竜族の若者も不満そうだったのが嘘のように、夢中になっている。こういう作業は意外と楽しいものだ。


「これは中々の美人」


 欠けもなく、外も中も縞模様が美しい。淡いピンクの光沢ある貝殻を差し出すルシファー。じっくり眺めて審査する役はリリスだった。


「これは美人だわ」


 ルシファーの表現をそのまま用いて満足げに頷いたリリスは、貝をポケットに放り込んだ。次々と入れるポケットの中は砂だらけだろう。時々、人族の村の様子を窺うイポスとサタナキアが、ようやく鎮火したらしいと告げた。残念そうなリリスも手の砂を払い、ルシファーもローブの裾に付いた砂を落とした。


「では行くか」


「我が君、背にお乗りください」


「目線が合わなくなるんだが……」


「合わせる必要などございません」


 きっぱり言い切るヤンに、少し迷う。いくら無礼極まる人族相手とはいえ、こちらが礼を失していい理由になるだろうか。うーんと唸るルシファーへ、イポスが穏やかに答えを出した。


「人族は魔物です。魔物相手に礼儀は不要と心得ます」


 そうだった。魔族の括りから排除され、個体数を管理する魔物になったんだっけ。ぽんと手を叩いてイポスに礼を言い、リリスをヤンの背中に乗せる。その後ろに乗って砂浜を移動した。沈まないので快適だ。


「あ、貴様ら。まだ懲りずに!」


「忙しいそうだったので待っておっただけのことよ。それより異世界より誰ぞ落ちてこなかったか?」


 正直に答える訳もなく、視線を逸らされる。だが即座に反論しなかった時点で肯定と同じだった。


「ルシファー、あの人達は頭が足りなくて可哀想なんだから、もっと言葉を短くしないと理解できないわ」


 馬鹿呼ばわりより残酷な気遣いをしたリリスは、にこにことルシファーを振り返る。黒髪美少女の思わぬ毒舌に、人族の若者は絶句した。


「リリスは優しいな。では短くしよう。異世界人が落ちてこなかったか?」


 繰り返されても答える気がない。きゅっと口元を引き結んで拒絶する人族に、ヤンがぐるると威嚇した。びくりと肩を揺らして後ずさる。集落の方から全体にふっくら……ぽっちゃり? いや、正直に表現するなら、でっぷりした若者が数人現れた。肌が不健康なほど青白く、細く線状になった目の色は見えない。だが髪はこげ茶だった。


 そこそこの魔力はありそうな外見だが……ない。ほぼ皆無の魔力に驚き二度見して、ごしごしと目元を擦る。魔力を見る能力が低下したのか心配になった。だが、サタナキア達も目を細めて首を傾げる様子は、ルシファーと同様の判断をしたのだろう。イポスに至っては、食い入るように見つめた後「ばかな」と呟いている。


「魔力がないわ、あの人達」


 場を読まないことにかけては魔族一のリリスは、けろりと言い放った。魔力量はいろいろ気にする人が多いので、よく注意しておかなくては。ルシファーは可愛い婚約者に言い聞かせた。


「リリス、魔力量がゼロだとしても口にしてはいけないよ。相手が傷ついてしまうだろう? 言葉が通じない魔物相手でも、よくない言葉だ。賢いリリスは理解してくれるな?」


「わかったわ。相手が馬鹿でも魔力ゼロでも指摘しちゃいけないのね」


「そうだ」


 現れた5人のでっぷり達は、言葉が通じていないようだ。きょとんとしている。だが意味を理解した村人は青ざめた。魔王に対する切り札になるはずの異世界人だから丁重に持てなしたのに、魔力がゼロ……?


 今まで食わせた貴重な食料を返せ! そんな眼差しを向けられても、異世界からの落下者達には通じなかった。

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