1177. 頂き物をしましたが
アラクネが棲むのは、魔王城の西側だ。北に近い方角だが、過去に人間が勝手に転移の出口を使ってゾンビを送り込む洞窟があったため、エルフの監視が厳しくなっていた。アラクネにしたら、絹や蚕を狙う害虫駆除もお願いできるので助かっているらしい。
「こちらですわ」
うねうねと身を捩る巨大蚕に、ヴラゴが涎を垂らす。それを抱いたリリスが拭き取りながら、勝手に食べたらダメなのよと言い聞かせた。しょんぼりしているものの、ヴラゴもそこまで空腹なわけではない。ただ、美味しそうな気がしたのだ。
「蚕ですか? 食べられますよ」
にっこりと笑顔でアラクネが長い手足を操って、奥の棚から数匹の蚕を連れてきた。意思の疎通が出来ない種族なので、魔物扱いである。餌を与えて糸を吐かせ、その糸を自分達の糸と絡めて量産するアラクネは、ルシファーの前にそっと蚕を横たえた。
「この子達はもうすぐ寿命を迎えます。魔王様やリリス姫様の一部になれるなら、光栄ですわ」
他の蚕は真っ白な外皮をしているのに、持ってきた蚕はやや茶色がかっていた。お土産として渡されたため、収納から取り出した布で包んで後ろのアスタロトに預ける。
「どうやって食べるの?」
リリスは素直に興味を口にした。焼くか煮るか。蒸すという調理法もあった。
「私達は生で頂きますけど、凍らせて食べると甘いとか」
寒さに弱いアラクネは凍らせて食べたことはないが、プレゼントした種族の中に保存食として凍らせて保存し、そのまま食べたら甘かったと報告があったそうだ。ひとまず凍らせることになった。生きたまま収納で持ち帰れないので預けたが、凍らせれば死んでしまう。
少し可哀想な気もするが、役目を終えた後はアラクネの食料になるのだ。食べる相手が変わるだけで、大した問題ではないだろう。凍らせてから収納へしまった。リリスは甘いという言葉に目を輝かせ、ヴラゴも期待に尻尾を振る。
ルシファーはかつて食糧難だった過去に食べた記憶を探るが、やや苦かった思い出しかなかった。本当に甘いのだろうか。疑いの眼差しは失礼なので、微笑んで誤魔化す。アスタロトは仮面のように表情を動かさなかった。絶対に食べる気はないな。
リリスのために上質な糸を紡いでいる部屋に向かうと、糸が日差しを浴びて光っていた。艶がある絹は人気が高いが、中から発光するような美しさだ。新しい技法で布を織っていると聞いたが、素晴らしさにリリスがうっとりと溜め息をついた。
「すごい、綺麗だわ」
「見事だ」
当たり前の言葉しか出て来ない。誉め言葉が浮かんでこないほど幻想的な光景だった。これに合わせて作られる靴も絹を使うらしい。ジュエリーの金具を白金で統一し、リリスのために紋章入りの一点物が制作されている。豪華な花嫁衣裳を想像し、ルシファーの顔が綻んだ。
「楽しみだな」
「そうね」
微笑みあう幸せそうな魔王と魔王妃に、アラクネ達も表情を和らげた。アスタロトが次の視察予定は2ヵ月後だと伝えると、少し考えてから頷く。何か懸念があるのかと尋ねたところ、思わぬ返答があった。
「魔の森の木々が元気なため、蚕の寿命が短くなっています。大量に糸が取れるのですが、蚕達が早死にするのは……」
言葉を濁した。魔力が豊富な餌を食べた蚕は糸を大量に作り、一気に老化して死んでしまう。世代交代が間に合わなくなる可能性があるということか。新しい子を為す前に蚕が死んでしまえば、種族が絶えてしまうのだ。森の葉を食べる蚕は、他の魔獣や動物と逆の現象が起きていた。
「……過去に採取した研究用の草木はなかったか?」
「ありますが。全部使うわけにいきません」
サンプルとして保存しているため、大量にはない。その上食べ尽くしてしまえば、また外の魔力豊富な草や葉を食べるしかないのだ。一時しのぎだった。
「その点はルキフェルにでも相談するか」
ひとつ解決すると新たな問題が発生する。何万年も変わらぬ日常だが、生命がかかわる事態だけに深刻だった。対策を考えると約束し、城へ帰還する。解散したばかりの大公が再び緊急招集されることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます