714. 意外と強かった日本人

「何をしているのですか」


「ええ!? いいじゃない、自由時間よ」


 アスタロトに首根っこを掴まれても、悪びれないベルゼビュートはバアルへ金貨を2枚追加した。先ほどまでは「魔王の褒美を引き出すのは3人」と予想したが、追加の金貨で「4人」に変更するのだ。


「仕方ないですね、ベルゼビュート様のお願いですから……でも今回だけですよ」


 両手で拝んで頼み込んだベルゼビュートは満足そうに割札を受け取った。そのままアスタロトに引きずられ、ずるずると芝の上に跡を付けながら回収される


「魔王陛下、万歳っ! よろしくお願いしま~す!!」


 大声で駆け寄った男の拳を受け止める。むき出しになった肩から指先にかけて鱗が覆い、拳に込められた力は強大だった。竜人族の青年だろう。まだ若い彼の勢い任せの拳を簡単そうに受け止め、ルシファーは軽く左へ払いのけた。


「う、うわっ」


「力はあるが技がない」


 勢いを殺しきれずたたらを踏んだ青年の首筋に、手刀を落とした。転がるように意識を失う彼を、後ろでアラエルが咥えて回収する。手伝うつもりか、ピヨがつつき回した。


「次は僕です!」


 短剣を後ろに引いて隠しながら飛び込んだアベルが、ばねの様にしなやかな動きで腕を突き出す。元勇者の技量としては、悪くない。一歩引こうとしてやめたルシファーは、右手で刃を摘まんだ。ひょいっと取り上げられた武器をさっさと手放し、背に隠したもう1本の短剣を抜いた。


「遅い」


 取り上げた短剣で応じたルシファーの横を転がりながら抜けたアベルは、剣先についた布のかけらに目を輝かせた。


「よっしゃ! かすめた!!」


「ん? これは見事だ。褒美をやろう」


 常時発動の結界の隙間を縫って、かすめた剣先にルシファーが頬を緩める。無造作に収納から取り出した剣を手に、身を起こすアベルに近づいた。手を差し出して助け起こし、そのまま長剣を渡す。装飾が美しいオリハルコン製の柄と鞘は薄い金色に輝き、柄頭に緑の宝石が埋まっていた。


「褒美だ。よくやった」


「ありがとうございましたっ!」


 勢いよく礼をしたアベルが引くと、今度はイザヤがいた。どうやら召喚者である日本人は意外と強かったらしい。前世界で武術を嗜み段持ちだったイザヤは、履いていた靴を脱いで素足になる。正面に細身の剣を構え、ひとつ長い息を吐き出した。


「頑張ってね! お兄ちゃん!!」


 精神集中しているためか、愛しの妹アンナの声にも反応しない。半分ほど目を閉じた集中状態に応じるため、ルシファーは手にしていたアベルの短剣を収納へしまった。代わりに似たような細身の剣を手にする。レイピアの様に突く動きより、切れ味で勝負する刀に近い形状だった。しかし両刃だ。


 構えることなく、右手に剣を下げたルシファーの剣先は地面に触れていた。いつも手にする剣より長さは短い。イザヤの足がじり……と動いた。


「ご指南いただきたい。勝負っ!」


 派手に振りかぶる仕草はなく、最短距離で懐に飛び込もうとするイザヤに対し、正面から剣で受けた。金属音が響き、そのまま少し傾けて力を逃がそうとしたのはイザヤだった。シャリンと甲高い音で逃がした力を利用し、さらに踏み込もうとする。


「剣より身を先に投げるか……これまた大した覚悟だ」


 武器を持てば、誰しも自分を守ろうとするものだ。武器を相手と自分の身の間に立てて、攻撃を仕掛ける。弓であっても剣や槍でも同じだった。しかし先に身を滑り込ませて後ろから剣を引き込む方法は、覚悟があっても身体がついてこない。


 通常は己を守ろうとする本能が腕を動かし、先に武器を振りかざすものだ。イザヤの行動は本能を理性で制御している証拠だった。

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