67章 襲撃の残り火

906. 罪状を理解できない子供

 ドラゴニア家の当主であるエドモンドから、面会や申し開きに関する申請はない。それはこの子供の独断で行われた蛮行を、ドラゴニア侯爵家は容認しないと明言したも同然だった。幼い子供のしたこと……そう願い出れば減刑も可能だが、ドラゴンは身内の犯罪に厳しい一面を持つ。


 神龍と一緒くたに「ドラゴン」と呼ばれることもある種族だが、龍と竜とは根本的に違う。同じ爬虫類でも蛇と蜥蜴とかげが別種であるように、彼らの考え方や習性は別物だった。生まれた後から年を経るごとに魔力を増す神龍と、生まれながらに強大な魔力を保有する竜は、子供への教育方針も全く異なる。


 ドラゴニアの嫡男であったラインも、幼稚園に通う年齢にして魔王城を揺らす爆発を引き起こすことがあった。それほどの魔力を幼子が持つことへ、竜は危機感を覚える。当然、我が子への情緒教育から始まり魔力制御や感情の抑制を、厳しく躾けとして与えた。


 激昂して他種族の子供を殺さないよう、軽い気持ちで他種族を害さないよう、慎重に子育てを繰り返す彼らの子供は自然と少なくなる。長寿であることも手伝い、ドラゴンは生まれにくいが強い種族と認識されるようになった。


 そんな彼らは同族同士の繋がりが強く、故に何らかの抗議や嘆願があると考えたのだが……当主であるエドモンドが一族を抑え込んだのだろう。


 単独で魔王に弓引くなら、勝敗に関係なく英雄として受け入れられる行いだ。己の力を信じ、強者と激突するのはドラゴンの誉れだった。負けても恥じる必要はない。


 ラインは、リリスを含めた周囲の少女達の安全を確保しなかった。嫉妬に目がくらみ、卑怯な手段を用いる他者と共謀したことが、彼の挑戦を非難の的に変えたのだ。今回の少年も同じだった。彼は従兄弟の失敗から学ばねばならない。1人で魔王の前に立ち、戦いを宣言すればよかった。


 地下牢の冷たく澱んだ空気を懐かしく思いながら、アスタロトは階段を下りた最初の檻の前に立つ。膝を抱いて震える子どもは、今頃になって己の行為の意味を理解した。いや、数時間前に届いた両親の手紙で理解させられたのだ。


 親の名前が書かれた手紙は、牢を管轄する文官が検閲した。かつて手紙に魔法陣を仕込んで恋人を助けようとした事例があるため開封する決まりだ。手紙の内容は我が子への挨拶から始まり、魔王の温情をもって親族は無事であること、彼の行為の問題点、最後に助ける気はないときっぱり記されていたと聞く。


 突き放すことで、親は我が子に反省を促したのだ。本当に見捨てるほど、ドラゴンは薄情な種族ではない。あとでエドモンドを呼び出して話をする必要があると考えながら、牢の中の少年に声をかけた。


「カイム・エル・ドラゴニアですね」


 ラインは本家の嫡男だが、カイムは分家にあたる。ミドルネームの位置にある「エル」は分家を示す単語だった。エドモンドの妹が嫁いだ先で産んだ子供である。


 ドラゴン同士の結婚であったため、カイムは強い力を持つ個体として産まれた。本家のラインを補佐する立場に就くために教育された彼は、従兄弟の死を受け止められなかったのだろう。反発は怒りや恨みとなって吹き出した。それが今回の事件の発端であり原因だ。


「……はい」


「問題とされた行為を反省していますか?」


「魔王陛下以外を巻き込んだ、パン屋の店主を人質にして……仲間と組んだから」


 少年は自分で考えた答えではなく、親の手紙に綴られた文章をそのまま口にした。

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