548. 希少種狩りの顛末

※流血表現があります。

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「陛下! おケガを……」


 転移で飛び込んできたアスタロトは、言葉を途切れさせる。木陰に座ったルシファーの上に木漏れ日が降り注ぎ、白い姿を際立たせていた。膝に乗せた大蛇は血に塗れて赤く、その身体を撫でる幼女も服や手足を赤く濡らす。慈愛に満ちた光景の中、ルシファーが顔をあげた。


「アスタロト? いかがした」


「いえ、陛下の血の臭いが届きましたので」


 離れた位置にいたアスタロトの鼻先を、覚えのある血臭がくすぐった。間違えようのない主君の血に、慌てた。高まるルシファーの魔力が白銀に森の一部を染め、武器を片手に飛び込んでみたら……驚くほど穏やかな光景が広がっている。


 状況が分からない。傷ついた大蛇の表面が少しずつ艶や色を取り戻し、トカゲの前足がある位置の背中に半透明の翼が生まれた。まだ赤く濡れているが、傷はほとんど塞がったらしい。


「ユルルングルの親も襲われたのですか」


「はい、私どもはフェンリルの子を祝福しに外縁に訪れたのですが、途中で襲われました。フェンリルのセーレ殿に助けていただいたのですが、逃げた我々の先に罠が仕掛けられており……この有様です。我が子は無事だと聞きました。陛下や閣下の恩情に感謝いたします」


 魔王と同じ銀瞳に穏やかな色を浮かべ、ユルルングルは一息に説明し感謝を述べた。アスタロトがルシファーの右手の傷に気づき、毒抜きを始める。ユルルングルの牙には腐食毒が含まれた。普段なら結界に阻まれて噛まれないルシファーはすっかり失念しているが、放置すれば腕が腐って落ちる。


 見ていたリリスが「少し黒い」と呟いて、撫でるようにルシファーの傷に触れた。先ほど蛇の鱗を蘇らせた要領で、治癒を始める。


「ああ、ありがとう」


 リリスとアスタロトに礼を言うと、恐縮したようにユルルングルが身を縮めた。


「気に病まずもよい。それより詳細を頼む」


 詳細な説明を求められたユルルングルが、ばたんと尻尾を揺らした後で語り始めた内容は、あまりにむごい内容だった。フェンリルとユルルングルは数代にわたる交流がある。新たな次代が生まれたと聞き、互いの子を知り合わせるために訪れた。


 戦う能力が突出した灰色魔狼フェンリルが棲まう外縁は、人族との最前線だ。希少種であり戦闘能力が低い虹蛇は、魔の森の深淵に棲んでいた。人族に狩られた過去の歴史もあり、幻獣の類は魔王城より奥へ配置するのが一般的なのだ。


 当初はフェンリルが子狼と訪れる予定だったが、近くに棲む鱗人族リザードマンの沼地が汚染される事件があった。何らかの薬草や毒を撒かれた可能性が高い。水を浄化する目的もあったので、ユルルングルが娘を連れて出向いた。


 今にして思えば、誘い出されたのだろう。森の奥に棲まうユルルングルは汚れた水を浄化する。その行動が人族に伝わっていれば、水を汚染することで幻獣が現れると知っていた。リザードマンの沼地の水を浄化して移動したユルルングルにも油断はあったのだ。


 沼地から離れても護衛するリザードマン達に「ここから先はもうフェンリルが迎えに来る」と告げて、わずかな距離を親子のみで移動した。事実、あと少しでフェンリルの領域に入る地点であった。魔の森の中であるという安心感から、人族の襲撃に気づくのが遅れる。


 魔力を飛ばすことで救援を求めたため、すぐにセーレが駆け付けた。戦う彼の足元を娘を連れて逃げる。先導役の子狼と必死で逃げ、ようやく振り切ったと思った。しかし……上から飛び降りた男が握る槍に似た長い剣に喉元を貫かれる。


 尻尾で突き飛ばした娘が転がり、子狼が娘を庇って傷を負った。助けたくとも貫かれた身体は動けず、全身を刻まれて翼や鱗を奪われる。悔しさと憤りの感情を爆発させて数人をほふるが、そこで力尽きた。腹を裂かれた身体から大量の血が流れ出る。


 娘と子狼の悲鳴が聞こえても、すぐ動けないほどに……。

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