17. 偽者は退場が妥当でしょう

 上から目線の物言いと哀れみの眼差しに、魔法使いと神官は顔を見合わせた。さきほどから魔王は「勇者を騙る」とか「自称勇者」という言い方をする。ずっと黙っていたが、さすがに無視できる状況ではなかった。


 集まってきた魔族もこちらに攻撃を仕掛ける様子はなく、楽観的にお祭り騒ぎをしている。どうも自国で聞いた状況と違う……そんな違和感が彼女達を襲った。


 人族を襲って、領土と命を奪い、力がすべての蛮族――彼らを倒さねば人族は滅びる。それが自国での魔族に対する評判だった。しかしお祭り騒ぎをしながら騒ぐ魔族の姿は、収穫祭で興じる人族と大差なく思われる。


 人族のためと魔法の腕を磨いた魔法使いは、この場面で初めて疑問を持った。同様に治癒や回復の魔法を得た神官も、話が違うと首をかしげる。


 なにか、おかしい。


「あの……」


「なんだ?」


 突然声を上げた女神官を振り返る。


 左腕のリリスが、純白の髪をぐいぐい引っ張って笑い声を立てた。まだ勇者が必死に剣を振るう戦場で、最強の存在はリリスだろう。難攻不落の結界の内側で、唯一魔王に危害を加えて、なおかつ反撃されないのだから。


「『勇者を騙る』とは、どういう意味ですか?」


 意を決して質問した彼女に、魔王は平然と返した。そこに人族への気遣いなど欠片もない。彼の意識はすべて、左腕で髪を引っ張るリリスへ向かっていた。


「彼は勇者ではないからな」


「嘘だ! 僕はっ!」


 叫ぶ勇者を名乗る青年へ、女性達が疑惑の眼差しを向ける。ここまで言い切るからには、何か証拠があるのだろうと魔王へ詰め寄った。


「なぜ言い切れるのです?」


「理由を聞いても構わないですか?!」


 ヒビが僅かに入った結界の外側で、アスタロトは魔王と彼女達の間に立った。魔法使いである彼女の攻撃はルシファーに届かないが、それでも簡単に近づける存在だと甘く見られるのは不愉快だ。魔王に近づく存在を選別するのは、執事のように付き従う側近の役目のひとつだった。


「構わぬ、教えてやれ。アスタロト」


 面倒を丸投げするルシファーは、「そろそろいいか」と呟くと右手を前に突き出した。手のひらを上に向けた手首を振ると、その手に美しい刀が現れる。片刃の細い刀は、ルシファーの瞳と同じ透き通った銀色をしていた。


「終わりにしよう」


 その刀を無造作に振るう。同時に内側から結界が砕けて散った。身を守る結界を自らの武器で破壊した魔王の一撃を受け、勇者を自称した青年が消える。騎士達を消した転移と同じだが、落ちる場所はランダムなので違うだろう。


 本来ならば刀は不要なのだが、国民がわくわくしながら見守るお祭に相応しく、少しばかりの演出を足しておいた。満足そうに頷くアスタロトの表情に、どうやら叱られずに済みそうだと内心で安堵する。


 彼の説教は長く、最短でも1ヶ月くらい続くのだ。顔を合わせるたびにねちねちと続けられる、説教という名のクレーム地獄に、ルシファーはほとほと疲れていた。避けられる危険は回避するのが、ここ2万年ほどでルシファーが学んだ数少ない教訓だ。


「さて、勇者の偽者が片付いたことですし……ご説明いたしましょう」


 女性達へ美しい笑みを向ける。無駄に整った顔を優しそうな笑みで彩ったアスタロトは、もともと他者を欺き取り込むことを得意とする魔族だった。その破壊的な威力を発揮した彼に、神官と魔法使いは顔を真っ赤にして頷く。


「魔王陛下と勇者は対なのです」

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