1170. ベビーベッドの行方
結局リリスは今まで通り魔王の膝に座ってしまい、さらに赤子まで抱っこする状態に落ち着いた。注意しても馬耳東風、リリスは全く気にしない。この辺りはルシファーの育児の失敗が鮮明となった。
かつて通り魔事件の時も、リリスが犯人である証拠の歯形を燃やそうとしたり……魔王ルシファーがリリスを甘やかした証拠は事欠かない。因果応報、すべて自分に返ってきたことにルシファーは気づいていなかった。言い聞かせて良い子の返事をするのに、どうしてリリスは自由なんだろう? 本気でそう悩んでいる。
膝の上で寛ぐリリスは、可愛いサンダルを脱いでルシファーに寄りかかった。完全に自室で休む際の姿勢と同じだ。赤子が伸ばす手を突いたり、軽く揺らしたりと育児を楽しみだした。
「ああ、その……アスタロト。続けてくれ」
迷った末に、ルシファーは無かったことにした。いつもこの手法で失敗しているのだが、この点に関してルシファーが学んだ形跡はない。呆れるものの、貴族達の前で叱る案件でもないので、後回しにした。アスタロトは大きく息を吐いて気持ちを落ち着け、手元の資料に目を落とす。
「本日の協議ですが、ベビーベッドの貸し出し制度です」
簡単に説明を始めたアスタロトの案に、周囲はどよめいた。子どもを出産するのは、どの種族でも歓迎される。魔族は長く生きる寿命の関係もあり、少子化になりがちだった。そのため子どもを産む女性への待遇は、いろいろと配慮されて恵まれている。
保育園の制度も整い、完全に無償化された。その上、ベビーベッドなどは祝いとして周囲から贈られる。だがその処分に困るのだ。貰ったものを、子どもが大きくなったからと捨てるわけにいかずため込む。次の子が産まれたら使うだろうと思ったら、また頂き物が届く。
この悪循環を止めるべく、ベビーベッドの貸し出し制度を魔王城主体で始める案だった。持っているベッドを寄贈してもらい、一箇所で管理する。子どもが産まれそうで、ベビーベッドを希望する家庭に無償で貸し出すのだ。欲しければ譲り受けることも可能だった。産まれてみたら双子だった場合は、追加で借りればいい。子どもが成長して使わなくなれば、気兼ねなく返せる形だった。
種族特性で多少、匂いが気になる者もいるだろうが。そういった種族は少ない。さらに浄化で清める手が使えるので、ほぼ問題はなかった。
「えっと……大きさも選べますか?」
「もちろんです」
種族によりサイズが異なる上、卵の状態でベッドを使うことも考慮されている。あれこれと質問が飛び交う中、リリスは目を輝かせてルシファーを振り返った。
「私が使ったベッドも寄付するのよね」
「いや……あれは、そう……どこへ片付けたか。分からない」
嘘をつけず誤魔化す魔王に、距離の近い小型の貴族達が頬を緩める。わかっています、手元に置いておきたいのですよね。他の者に使わせたくないんでしょう? そんな温い眼差しに居心地の悪さを感じながらも、ルシファーに譲る気はなかった。
「見つけたら考えよう」
見つけても渡すとは言わない。いつかリリスが赤子を産んだら使えばいいと思っている。いや、その時点でも使わせないかも知れなかった。ルシファーにとって、リリスは唯一で替えのきかない存在なのだ。
「捨てちゃったの?」
「捨てたりしないぞ」
「じゃあ、私が自分で寄付するわ。出して」
「……」
断りの文句を探すルシファーに助けの手を差し伸べたのは、意外な人物だった。
「リリス姫、そちらの件は私が責任を持って処理しますので。今は議決を急ぎましょう」
ベールである。ルキフェルに使ったベビーベッドを供出したくないベールは、ルシファーの件を曖昧にするついでに自分も隠し通す気だった。視線が絡んだ魔王と幻獣霊王が頷き合う。
「……では議決を取ります。反対の方のみ挙手してください」
面倒そうに多数決をとったアスタロトの様子に、誰も反対の手をあげる勇気のある者はいなかった。
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