505. 魔族最強の王を負かす者
「余は発言を許しておらぬ」
「……大公権限です。陛下の暴走を止めるのは、我々の役目ですから」
反論したアスタロトが目を細め、コウモリの羽を背に出現させる。そのまま魔王の威圧を撥ね退けて片膝を起こした。ひとつ息を整えてから、
まだ12枚の翼が元に戻っていない状態でこれだ。もし回復後だったら、負けていただろう。それでも臣下として主君の過ちを正す役目は、誰にも譲れなかった。彼があとで悔やむ性格と理解しているから、先手を打って己を危険に晒すのだ。
きちんと説明すればわかる人なのだから。感情を凍らせた銀の瞳が向けられ、胸が締め付けられる感覚に襲われた。ローブの胸元を掴む手に力が入り、ぐしゃりと皺が寄る。
「ほう、余に逆らうか」
にやりと笑った物騒な美貌の主の頬に、ぺちんと乾いた音がした。ぎこちない動きでルシファーが視線を下ろすと、腕の中の幼女が右手で頬を叩いた。むっとした顔で反対の手も持ち上げて、再びぺちんと間抜けな音がする。
両手でルシファーの頬を挟むように叩き、リリスは「めっ!」と叱りつけた。
「ひっ……リリス、様!」
悲鳴を上げたのはレライエだった。今の魔王相手に危害を加えるなど、彼女にとっては暴挙でしかない。しかし唇を尖らせた幼女に恐がる様子はなく、逆にルシファーを睨みつけた。
「……リリ、ス?」
「パパ、アシュタいじめちゃダメ! 緑のトカゲもいじめた」
片方はアスタロトへの行為に対して、もう片方はアムドゥスキアスへの圧力に抗議して。リリスはそう説明しながら、最後に身を乗り上げる。抱っこされた状態で立ち上がれば、当然身体は不安定になる。慌てて抱きとめたルシファーの頬に「これはリリスの分」と言いおいて、唇を押し当てた。
一瞬で威圧が半減する。同時に曇っていた空に光が差した。渦巻いた黒い雲が風に流され、徐々に地上へ光を落とし始める。明るくなると息苦しさが軽くなる気がした。無意識に深呼吸した少女達が頬を緩める。
突然のリリスの行動に、折角立ち上がったアスタロトの膝から力が抜ける。膝をついて溜め息をもらす側近の様子に、我に返ったルシファーが周囲を見回した。真っ青な顔のベルゼビュートは地面に座り込み、ヤンは丸くなって震えている。
まだ成長過程の少女達は魔力酔いを起こしたらしく、全員顔色が悪かった。ルーシアに至っては失神している。正面の木に叩きつけられたアムドゥスキアスの姿に、大急ぎで気持ちを鎮めた。まず最初にしなければならないのは、威圧を抑えることだ。
「……すまない」
情けないことに、口をついたのは謝罪だった。リリスが絡むと視野が狭くなる自覚はあったが、ここまで我を失ったのは己の弱さだ。奪われると考えた瞬間、頭が沸騰して思考が停止した。ただ彼女を奪う存在を排除しようと本能的に動いたのだ。
昨年のリリスを傷つけられた事件以来、彼女を片時も離さず生活してきた。それでも失いかけた事実と傷は癒えていない。彼女を奪おうとする存在がいたら、先に殺してしまえばいい。物騒な考えが先に立った結果、暴走した自分を反省するしかなかった。
「けほ……っ」
どさっと倒れ込んだアムドゥスキアスは、翡翠の鱗も剥がれるほど傷ついていた。魔力が暴走しないよう注意しながら、描いた治癒魔法陣を発動させる。ドラゴン種族の鱗は頑強で、滅多に傷がついたり剥がれることはない。血を吐くほど傷ついた姿から、内臓や骨まで
近づいて膝をつき、白い手を伸ばしてアムドゥスキアスの頭上に翳す。魔法陣と合わせ、直接魔力を注いで治癒した方が早い。治癒の魔法陣の適用範囲を拡大し、少女達も含んだ。
背に広げた8枚の翼を4枚まで制御し、心を落ち着ける深呼吸を繰り返しながら魔力を注ぎ続ける。あたり一面が銀色に光り、ルシファーの髪が魔力に舞い踊った。全員の治癒状態を確認して、ようやく魔力を散らした。
「落ち着かれましたか、ルシファー様」
怒りを滲ませたアスタロトが歩み寄り、拳骨を作って膝をついたままのルシファーの頭に下した。
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