633. 魔王城最大のお茶会

 自然とリリスの周りには人が集まる。幼い頃から差別や偏見なく、誰にでも笑顔で接した結果だった。無邪気で我が侭を口にするのに、嫌がらせや皮肉はない。魔族が好む性質を持つ森の娘は、魔王の傍らで穏やかに微笑んだ。


 温室の中央にあるテーブルには、花と蝶や鳥を飾った大きな飴細工が飾られていた。時間のかかる超大作は、ガラス天井から注ぐ日差しを反射して美しい。


「リリス様、こちらもどうぞ」


 エルフ達が持ち込んだ薔薇は新種のようで、小振りで愛らしいピンクの花弁が5枚しかない。一見すると薔薇に見えないが、香りはローズの特徴を兼ね備えていた。


「こちらは薔薇ですが棘がないのです」


 改良種だと教えてくれたエルフが、リリスに似合うからと摘んできたらしい。礼を言って花を抱きしめたリリスの鼻先で、蒼い蝶がひらりと舞って薔薇に止まった。


「みて、ルシファー」


 薔薇の温室でのお茶会という名目に合わせて用意されたローズヒップティを手渡しながら、ルシファーは美しい光景に目を細めた。着飾ったリリスの手にある小花に蝶が舞う。周囲の魔族は誰も幸せそうで、理想的な光景に口元が緩んだ。


「お招きありがとうございます」


「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」


 ルーシアとシトリーが近づいてきた。彼女らは何かプレゼントを用意したようで、それぞれに箱や袋を持っている。貴族令嬢らしい慣れた所作でカーテシーを行い、2人はルシファーの許しを得て顔を上げた。


 シトリーは小麦色の肌に映えるオフホワイトのドレスだ。ビスチェタイプなのでウエストまで絞った後、ふわりとシフォン素材のスカートが柔らかく広がる。銀髪を後ろできっちり纏めて、琥珀の簪を指していた。


 ルーシアは対照的に濃紺のベルベット素材のロングワンピースだった。ドレスと呼べる形式を整えているが、すとんとシンプルなデザインで落ち着いた雰囲気を醸し出す。普段より大人っぽく見えた。スカートのスリットは横ではなく後ろに、膝下までの控え目な形だ。肌が象牙色なので、濃色がよく似合う。


「リリス様のお好きなプリンを用意しましたの」


 ルーシアが微笑んで箱を差し出す。嬉しそうに受け取ったリリスが、近くのテーブルに箱を置きすぐに開けた。丁寧に梱包された箱のリボンを放り投げ、わくわくしながら開けた先には――大きなプリンがひとつ。ケーキサイズのプリンに、リリスが手を叩いて喜んだ。


「すごいわ! 火加減が難しそうよ。どうやったのかしら」


「水魔法は私の得意分野ですから、蒸す時間や温度の調整はお任せください。喜んで頂けてよかった」


 すこし前になるが幼女に戻ったリリスが「大きいプリンをお腹いっぱい食べたい」と強請ったことがある。あの時はアスタロトに「お腹を壊します」と却下されたが、今回は怖いお目付役が不在なので用意したらしい。


 嬉しそうなルーシアが数歩さがると、代わりにシトリーが袋から焼き菓子を取り出した。ハーブがたくさん使われたクッキーや、柔らかいシフォンケーキだ。数種類を並べられ、リリスの興奮は頂天に達した。


「ありがとう! シトリーもルーシアも、準備に手がかかったでしょう? すごく嬉しいわ。今日の茶葉はルーサルカが用意してくれたのよね。レライエも私の好きな飴細工を作ってくれて……私は本当に幸せよ」


 大地の魔法が得意なルーサルカは、魔王城の敷地の一角にハーブ園を持つ。そこからハーブティの材料を摘んでブレンドしてくれた。レライエは得意な火魔法を駆使して飴細工を作った。4人とも自分の着替えや用意が大変なのに、急なお茶会にこれだけの物を用意したのだ。


「よかったな、リリス」


 優しくて素敵な側近達に囲まれて、たくさんの友人と一緒に……隣は最愛の人がいる。森と魔王の愛し子の笑顔は大盤振る舞いされ、作られた菓子やお茶は皆に分け与えられた。


「オレからも礼を言おう。ありがとう」


 準備に手を尽くし、忙しい中時間を割いてくれた魔族に、ルシファーの感謝の言葉が届く。慈悲深い魔王として敬愛されるが、隣に誰も立たせなかった孤高の人が、今は唯一最愛の魔王妃を得て幸せそうに笑っていた。


 ヤンは大型犬サイズになり、リリスの脇で鼻先を撫でられて甘える。サイズ調整したアラエルが、エルフに悪戯しようとした番のピヨを捕まえて叱った。魔獣もお菓子のご相伴に預かり、城下町から出前を運んだ獣人が騒ぎを大きくしたことで、住人達を巻き込んだ一大イベントへと発展する。


 即位記念祭が近づく魔王城がそのまま宴会に突入し……戻ってきた大公達に発見されて叱られる未来も知らず、彼らは束の間の幸せに浸った。

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