698. 何ひとつ解決しなかった

 アスタロトの説教が終わる頃には、ルーサルカの膝の上の子供は寝ていた。彼が主役だったにも関わらず放置されたため、おなか一杯お菓子を食べた子供が眠くなるのは仕方ない。


 ベールやルキフェルが話しかけても無視され、現時点で子供と話ができるのはルシファー、リリス、ルーサルカに限られた。次点で無視されないアデーレも含まれるが、話はしてくれない。頷く程度がせいぜいだった。


「今夜は面倒な行事がなかったよな?」


 主に晩餐会や夜会を示す意味で首を傾げれば、むっとした顔の側近に再び説教されそうになる。アスタロト達にしてみたら『重要な行事』なのだが、ルシファーは『面倒臭いお食事会』感覚だった。こればかりは何回参加しても意識が変わらない。


 首をすくめて新たな説教を回避したルシファーは、子供を抱っこしたルーサルカに向き直った。しっかり抱き着いた子をあやすように揺らしながら、穏やかな顔で微笑む彼女が顔を上げる。


「リリス様、陛下。どうしましょう」


「寝てる子供を起こす必要はないから、客間で休ませたらいい」


「そうね、ルカ達も休んできたらいいわ」


 笑顔で休憩を勧める2人の気遣いに、まっさきに賛成したのはアムドゥスキアスだった。自分を抱き上げるレライエの体温が少し高い。どうやら少女達は疲れているらしい。前日までの準備、当日の緊張やどたばた騒ぎで疲れないわけがない。


「……お言葉に甘えますわ」


 ルーシアが代表して跪礼をして仲間を促す。慌てて同様にカーテシーをして部屋を出るレライエ、シトリーもとろんと眠そうな目をしていた。子供を抱いて立ち上がったルーサルカも、なんとか会釈して歩き出す。


 ルーシアがドアを閉めるのを待って、リリスは不思議そうに呟いた。


「あの子、重くないのね。ルカは片手で抱いてたわ」


「オレもリリスを左腕だけで抱いてたぞ?」


「ルシファーは別格よ」


 男性だもの。そんな意味合いで告げられた言葉を、見当違いな方向へ深読みしたルシファーが照れる。


「ルシファー、たぶん違う」


 冷静にルキフェルが突っ込むが、浮かれたルシファーは聞いていなかった。


「結局、あの子供の話が後回しになりました。アデーレは引き取りたいようですが……まずは親を探しましょう」


 貴族の奥方同士のお食事会に参加した妻を思いうかべ、アスタロトは溜め息をついた。彼女は自身が産んだ2人の息子では物足りないらしい。ルーサルカを引き取ったことで、子育ての楽しさを思い出してしまった。数十年は夢中になって子育てをするのだろう。


 アデーレは器用貧乏的なところがあり、広く浅く色々とこなせる女性だ。その基礎となった性格は、好奇心旺盛な飽き性だった。興味を持って始めるが、ある程度出来るようになると飽きて放り出す。同じことを様々な趣味や仕事で繰り返した結果、適度に一通りこなせる人になってしまった。


 侍女としての仕事に役立っている部分も多いため、本人は反省せず同じことを繰り返すのだ。今回の子育ても、飽きるまで数十年は熱中すると思われた。魔族の孤児にとっては僥倖かも知れない。


「子供が起きたら連絡があるだろう。ひとまず、ベリアルに食事の手配をしてもらって」


「ねえ、ルシファー。みんなで一緒に食べましょうよ」


 賑やかな食卓が好きなリリスは、にこにこと提案する。「それはいい」と賛同するルシファーに、ベールは大きく肩を落とした。

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