495. パパはリリスを好き?

 歩く順番は自動的に決まる。ベルゼビュートとヤンが先頭に立ち、リリスを抱いたルシファーが続く。少女達とイポスが後ろを守る形だった。


「ドライアドも呼べばよかったか」


 森の木々と会話するなら、通訳に樹人族ドライアドが必要だ。意思の疎通は可能だが、細かなニュアンスは会話でなければ漏れが出る。ベルゼビュートが同調や共感を行っているため、任せて見守った。


 ご機嫌なリリスは鼻歌を歌い始める。音やリズムが微妙にズレるのだが、耳に馴染んでしまい違和感なく聞き流すルシファーだった。


「森に異常はなさそうですわ」


 木々に手を触れながら確認していくベルゼビュートの報告に、余計に疑問が募る。魔の森の一部を吹き飛ばした魔法陣の暴走で、かなりの量の魔力を消費した。リリスを助けるために使った魔法陣が吸収した魔力量は、魔の森半分相当だ。


 ほとんどをルシファー自身の魔力である翼の消費でまかなったが、足りない分を魔の森から強制的に奪った。その結果が魔の森の立ち枯れだ。最終的に魔王軍の兵や大公を含む貴族達の魔力で補えたが、ルシファーの放出した魔力はどこへ消えたのか。


 ルキフェルの仮説では、魔の森の拡大した原因が『ルシファーが魔法陣で消費した魔力』となる。しかし、今までの魔の森の在り方と大きく異なる状況だった。森が大量の魔力を吸収すると、森を大きくするのではなく魔物を生み出して消費するはずだ。


 魔の森は常に一定の量の魔力を蓄えてきた。その魔力が飽和すると魔物が増えたり、新しい魔族が生まれる。魔の森が魔族の母と呼ばれる所以ゆえんだ。魔物や魔族が死ねば魔の森に吸収され、世界の魔力は循環する輪となって安定していた。


 昔の召喚者が仕掛けた魔法陣で、別世界へ魔力が流れ出た事実が判明した今になれば、この世界から魔力の絶対値が不足した可能性が考えられる。流出量を減らすために、魔の森が自らを膨張させて魔力を強制的に蓄えたとしたら……。


 魔の森に意思はあるのだろうか。


「魔の森の拡大の理由より、森が魔力を守った事実の方が重要かも知れない」


 拡大したのは魔力を蓄える器を大きくするためだろう。ならば、あの時点で稼働した魔法陣に世界の魔力を奪われないために、魔の森は己自身を大きくして魔王の魔力を飲み込んだのではないか?


「……そのお話ですと、陛下の魔力は返ってきませんわ」


 飲み込んだ魔力を、魔の森が自主的に吐き出すはずがない。大きくなった体を維持するため、魔王の魔力を外へ放出できない。飲み込まれた魔力は魔の森の一部として、今後も世界を循環するとしたら。


「別にいいじゃないか。普段は使わない魔力だ。有効活用できるなら……」


「パパの羽は戻るよ。リリスが治してあげる」


 ドレスの袖についた飾りを弄っていたリリスが、予想外の発言をした。


「ありがとう」


 幼子の気遣いに礼を言ったルシファーの頬をぺちんと叩いて、リリスはじっと赤い瞳でルシファーの目を覗き込んだ。薄い銀の瞳に映る幼女がにっこり笑う。


「だってパパは森の王様だもん」


 誰も意味がわからない。魔族の王である意味を言い換えただけのようだが、言葉遊びなのか、勘違い……いや、幼女の言葉を真剣に捉える方がおかしいのか。全員が足を止めてリリスに視線を注ぐ中、彼女は足元に跳ねる兎に気づいて微笑んだ。


 魔角兎の子供らしい。まだ小さい兎は、おまけのような柔らかい角を草の間から覗かせた。


「あの子も、この木も、ぜんぶ! パパの一部だよ。リリスは全部知ってる」


 大人びた顔で言い切ったリリスが、ルシファーの純白の髪を一房握った。きゅっと引っ張って近づいた頬にキスをする。


「パパはリリスを好き?」


「ああ、大好きだ。誰より大切なお嫁さんだよ」


 即答したルシファーの美貌に頬ずりして、首に手を回したリリスが強く抱きつく。ルシファーの頭を撫でる幼女の背に、ふわりと白い翼が1対広がった。頭の上に光る輪も浮かぶ。幻想的な姿に、少女達は息を飲んだ。


「リリスはこのままでいい? 大きく戻った方がいいの?」


 少し不安そうに響いた声色に、ルシファーはなぜか緊張で喉が凍り付いた。何を言えばいいのだろう。失いそうな恐怖に、きつくリリスを抱き締めた。


 答えを間違えたら、リリスがいなくなる気がした。勇者に剣を突き立てられても、どんな強者と戦っても感じたことがない恐怖が蘇る。背に矢を受けたリリスが倒れた瞬間の、くす恐怖が全身を走った。あんな想いを二度としたくない。


「リリスがいればいい。どっちでも構わない。離れるな」

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