496. 魔王の死蔵品は伝説級

「うん。パパはそう言うよね」


 必死で縋ったルシファーの本音が、わずかに震える声で零れだす。事情を知る6人と1匹は声を掛けられなかった。リリスが失われそうになったあの時、魔王は一度己を捨てたのだ。命も地位も魔族そのものすら、放り出した。


 必死だったあの姿を見ているから、全員が何も言えずに見守る。


「パパに全部ら、リリスもの」


 にこにこと宣言したリリスに、ルシファーが少しだけ腕を緩めた。きつく抱きしめたままでは顔が見えない。頬をくっつけたまま、リリスの様子を窺うルシファーの眉尻が少し下がる。


「一度に返せないから、ゆっくりね」


 ご機嫌で宣言され、ルシファーは抱える不安を吐き出した。


「返したらいなくなるのか? それなら返さなくていい」


 という単語を『どこかへ戻る』と置き換えたルシファーの弱音に、リリスはきょとんとした顔をした。大きく見開いた赤い瞳がゆっくり笑みに細められ、口元が緩む。


「パパ、かぁいい! リリスはずっといるよ。約束の指切りできる」


 指切りの歌を歌いながら約束をしたことで、ようやくルシファーはリリスを抱く腕の力を抜いた。ピンクのドレスは皺が寄っており、それを魔法陣で綺麗に整え直す。急に抱き締めて頬ずりしたため、結った黒髪も乱れていた。


「何度も言うけど、可愛いのはリリスだよ。いつもの綺麗なお姫様に戻ろうか」


 化粧直ししようと提案すれば、幼女は嬉しそうに笑った。嫌な予感がしたベルゼビュートが、ルシファーに向き直る。ここは魔の森の外縁近い、人族が侵入可能な範囲だ。安全な場所とは言い難い。


「陛下、もしかして……?」


「お茶の支度だ。幸い、道具は山ほどある」


 先ほど片づけたばかりの道具をいくつか呼び戻し、テーブルと椅子を並べていく。指先で示すだけで準備を終えた魔王の非常識さに「便利ですわ」と呟いたルーサルカが口を手で押えた。


「便利だろ? お前達も魔力量は増やせるから頑張れ」


 よくわからない激励をもらい、ルーサルカの発言は笑って見逃された。くすくす笑うルーシアがお茶菓子を用意し、お茶用の湯を沸かす。シトリーが独自ブレンドのハーブティーを淹れ始め、レライエが菓子や茶器を並べた。


 クッションを置いた椅子に座ったリリスの黒髪は、抱き着いた時に左側を押し当てたので少し崩れている。一度解いて櫛を通し、編み直し始めた。普段からリリスの身支度を手伝っているため、手際のいいルシファーは器用に彼女の髪を整える。最後にドレスと共布の髪飾りを乗せ、魔法陣で固定した。


 ついでとばかり、収納空間から取り出した銀色の鎖に宝石が連なった飾りを取り出す。慣れた手つきで黒髪に絡めて固定し直した。


「よし、完ぺきだ。さすがはお嫁さん!」


「リリス、かぁいくなった?」


「素敵ですわ」


 口を揃えて褒めてくれる少女達に笑い返しながら、しゃらんと音がする銀鎖ぎんくさりを揺らす。頭を傾けると鎖の音がするので、リリスは何度も右や左に首を傾けて音を楽しんだ。鏡も見せてもらい、目を輝かせる。


「陛下、その飾り……即位の際の……あれ、ですわよね?」


「ああ。死蔵品が、ようやく役に立った」


 ブリーシンガルの鎖飾り――最後までルシファーの即位に反対して戦った男の首を打ち取った際、得た宝物ほうもつだ。以前にルシファーがリリスに与えた『永遠にお菓子が出る箱』であるパンドラの箱と共に、外へ出してはいけない系の宝飾品だった気がする。


 もうひとつ『ハルモニアの首飾り』もあるのだが、そちらは結婚式で魔王妃に譲られる予定になっていた。アスタロト達の計画では、このブリーシンガルの鎖飾りは手直しして魔王妃のティアラに使う予定だった……はず。


 私は何も見なかった。聞かなかった。知らなかった。自己暗示をかけながら、ベルゼビュートは気づかないフリを貫くことにした。

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