497. うっかり遭遇した獲物の取り合い

 お茶を終えて道具を片づけたルシファーが、手元の荷物を纏めて転送する。ピンクの靴が汚れないよう、ずっと抱き着いているリリスは目を瞬かせた。


「パパ。知らないのがいる」


「リリス、他人を指さしちゃいけません」


 いつも通りのやり取りと、リリスが指さした人差し指をきゅっと握る。後ろに現れた人族達は、驚いて目を見開いた後で武器を構えた。


 お茶会のために小型化していたヤンが元の姿に戻ると、数人が悲鳴を上げて尻もちをつく。外縁とはいえ、魔の森を半日ほど進んだ彼らは20人前後の集団だった。手にした魔物や動物の毛皮から判断すれば、狩りに入ったのだろう。


「陛下、あたくしにくださいますわよね?」


「……その言い方、アスタロトみたいだぞ」


 当然くれるだろうと笑いながら強請れば、予想外の答えが返ってきた。青ざめた顔で首を横に振るベルゼビュートは、かなり失礼な態度である。アスタロトにバレたら「おや何が気に入らないのでしょうね」と制裁を加えられるレベルだった。


 ついでに、その場合はルシファーにも「どういう意味で今の言葉をお選びになりましたか」と問い詰める事例が同時発生すると思われる。幸いにもこの場に吸血鬼王はいない。


「ま、魔王か?!」


「わかんねえよ! つうか、殺されるぞ」


「先に攻撃すればイケる」


 どうしてイケると思うのか。呆れ顔の少女達がリリスの前に立つ。溜め息をついたルシファーが壁状態の結界を張った。魔族ならば魔力の流れで感知できるが、人族にその理屈は通用しない。そのため透明の壁に少しだけ色を付けた。


 うっすらと青紫に可視化された壁に、人族は怯えて後退あとずさる。


「このまま帰ってくれないかな」


 声に出ていた自覚がないルシファーは、本音が駄々洩れである。面倒だし死体の片付けも嫌だ。そんな魔王の呟きは、腕に覚えのある若者にとって挑発行為だった。


「くそっ! やるぞ」


「魔術師は下がれ」


 火球ファイアーボールを練り上げた魔術師の炎を矢に移し、数人が矢を射る。飛んでくる火矢はすべて結界に当たって散った。粉々に砕けて跡形も残らない。


 視覚的効果を狙った結界を維持する魔法陣を指先で弄りながら、ルシファーは溜め息を吐いた。攻撃されてしまったら、反撃しないわけにいかないではないか。自分のうっかり発言が原因なのだが、彼に自覚はなかった。


「陛下! 攻撃されましたわっ!! あたくし、片付けてきますわね」


 小躍りしそうなベルゼビュートが、うきうきと攻撃手の名乗りをあげる。しかし少女達も黙っていなかった。


「お待ちくださいませ」


「私達も戦います」


「そうですわ、全部は狡いです」


「せめて半分は分けてください」


 4人の少女達の必死のお願いに、ベルゼビュートがちらりと視線を人族へ向ける。ぱっと数えて20人前後、半分にしたら10人しか殺せない。……足りないわ。


「嫌よ、半分も渡したら10人になっちゃうじゃない」


 ごねるベルゼビュートが、豊かで溢れそうな胸を見せつけるように顎を引いて胸を張る。やや膨らみの足りない成長過程の少女達はごくりと喉を鳴らした。憧れのお胸様だが、獲物を譲るのは別問題だ。女性同士のくだらない見栄とプライドをかけたやり取りに、ルシファーは腕の中で飴を頬張る幼女に言い聞かせた。


「いいか、リリスは彼女らを見習っちゃダメだぞ」


「どういう意味ですの?! 陛下」


 ベルゼビュートが詰め寄る。魔族がくだらない獲物争いをしている間に、人族は新たな攻撃を試していた。風の魔法陣を刻んだ矢羽根やばねに、氷のやじりを付けて空に向けて撃つ。いくつかは木の枝に引っ掛かり軌道がずれるが、魔王達の頭上に降り注ぐ形で結界を越えようとしたのだ。


 結界が壁状で可視化されたことにより、彼らも多少なり頭を使った。


「きゃぁ!!」


 悲鳴を上げたのは少女達。すぐ目の前を矢が落ちて、思わず頭を手で抱えた。しかしルシファーは飛んできた矢を指先で掴み、ぱきんと折った。ベルゼビュートは取り出した剣で弾いている。数万年に及ぶ戦闘経験の差だが、不意打ちは何度も経験して退けてきた。彼らに通用するはずがない。


「我が君、獲物は我がもらいますぞ」


 がおおお!! 大きな咆哮をあげてヤンが結界をすり抜ける。巨体を生かして手前の数人を跳ね飛ばした。そのまま矢を射かける後方支援の5人ほどを前足で叩く。


「抜け駆けはずるい」


 慌てたベルゼビュートが結界を飛び越え、結界の向こう側は血沸き肉躍る戦場と化した。

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