1063. 説得ではなく意地悪?
針金のように細くて長い手足、ガリガリに肋が浮くほど痩せたモデル――ダイエットの際、その体型を目指した。有名なパリコレモデルの写真を貼り、ポスターを貼って毎日眺めたの。
そう言われても、この場にいる女性達に伝わらない。イザヤやアベルなら、どのくらい細いか理解してくれるだろう。細いことが美しさの証明で、前世界で持て囃されたのだと説明した。
心配してくれるのは嬉しいが、邪魔はされたくなかった。太ってきたのだ。この身体はきっと前みたいに太る。そうしたら、兄は別の女性に目移りするんじゃないか。不安が心を黒く塗りつぶす。今なら間に合うんだから。
「あなたのいた世界では、痩せていることが美だったのね?」
否定することなく話を聞いてくれたベルゼビュートが、こてりと首を傾ける。魔王と同じ8万年余りを生きる彼女は、絶妙なプロポーションを見せつける服を纏う。大きくて立派な胸、細くくびれた腰、まろやかなラインを描く尻と太腿……鍛えた腕や顔まわりに余計な脂肪はなく、女神の彫像のようだった。
淡いピンクの髪はくるりと巻かれ、小顔の美貌を縁取る。ゴージャスな雰囲気を作り出す美女は、己の魅せ方をよく知っていた。
「そうよ」
「不健康な程?」
「ええ」
モデルの中に栄養失調になった者や、貧血がひどい人がいる話は聞いたことがある。それでも皆、誰もが美を追求した。多少の体調不良なんて、褒め言葉の前に霞んでしまうわ。
「では、あなたから見たあたくしは……ただの豚ね」
くすくす笑いだしたベルゼビュートに、レライエが肩をすくめた。
「ベルゼビュート様が豚なら、私はなんだ? 筋肉の塊か」
「お義父様やアベルは言わないけど、抱き上げた時重かったと思うわ」
苦笑いするルーサルカとレライエは、自分達なりに表現を探す。そんなにガリガリに痩せた人と比べたら、どれだけ太く見えるのかと。自虐的な言葉に聞こえるのに、どこか楽しそうに例えを探る姿はアンナを驚かせた。
「そんな、だって……ベルゼビュート様はお綺麗だわ。女性らしい美しいお姿だし」
「アンナ、あなたは何を求めているのかしら。美しくなりたいなら食べなさい。美味しい物を、綺麗な色の物を、口にして取り込んだらその分美しくなれるのよ」
そんなこと……あるのかしら。食べた物の美しさを吸収できる? でも異世界だから常識が違う可能性もある。美意識がまったく違うのかも。私は同じ世界から来た兄に愛されたい。だからこの人達の美意識に馴染むのは危険だわ。
「アンナは痩せすぎよ。私が掴んだら骨が折れそう」
心配そうなルーサルカが、お茶を口に運んだ。戻したソーサーの前には茶菓子が置かれている。それを無造作にレライエが口に入れた。鮮やかなフルーツのジャムが乗った、色とりどりの焼き菓子だ。
「太るのは嫌なの」
唇を噛んで、どうしても譲れないと言い切った。途端に、ベルゼビュートが立ち上がる。怒らせてしまっただろうか。不安になったアンナへ、ピンクの巻毛の美女はにっこり笑った。
「ねえ、あなたのお兄さん……とってもあたくしの好みだわ。10年ほど借りていいかしら。この胸の誘惑で落ちなかった殿方は片手程よ」
チャーミングな笑みを浮かべる大公の言葉に、アンナは青ざめた。これほど魅力的な美女に押し倒されたら、兄は彼女を選ぶかも知れない。妹への同情や家族愛では勝てない。どうしよう、奪われてしまう。
「だ、だめよ。やめて」
「試してみたらいいわ」
イザヤ達がどちらを魅力的だと言うか。聞いてみればいいじゃない。そう唆すベルゼビュートの表情は、精霊女王として君臨した頃に近い……ひどく意地悪いものだった。
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