712. いざ! 魔王チャレンジ
お姫様を抱っこしたまま階段を降り、遮音結界の範囲ぎりぎりで足を止めた。
「リリス、耳を塞いでて」
「こう?」
愛らしい白い手が伸ばされ、ルシファーの耳を塞ぐ。後ろに従うアスタロトが盛大に吹き出して、取り繕った。
「失礼、しました」
「本当に失礼だぞ。えっと……リリス? 可愛いんだけど、オレじゃなくてリリスの耳を塞いでくれ」
「こっちなのね」
言われた通り、素直に自分の耳を塞ぐリリスは赤い目を大きく見開く。すっかり目が覚めてしまったらしい。これでは騒動を収めてもすぐに寝られないだろう。
遮音結界は魔王城の扉から床を踏むと範囲だった。つまり扉の境目を抜けて中庭の地面を踏んだら、外の騒音に
「魔王様ぁ!!」
ぐおおおおお! 熊獣人が飛び掛かってきたのを、ひょいと軽い所作で後ろに飛んで避ける。ぐしゃっと倒れた熊がごろごろ転がった。顔を両手で覆った姿から判断し、顔面を強打したらしい。
「足運びが悪い」
ルシファーが一言で切って捨てる。
「次は俺だ! えいっ!」
かけ声も勇ましく、空からドラゴンが来襲する。ルシファーは大きさを見極めてから巨大な結界を張った。小さく身を覆う程度の球体を作り、周囲の魔族を弾き飛ばしながら拡大させる。見えるように青い色を纏わせた巨大球は硬く、悲鳴を上げたドラゴンが弾かれて離れた森に落ちた。
「あれは……力任せが過ぎる。もっと技を磨け」
ずいぶん勢いよく弾んだものである。影に隠れて難を逃れたアスタロトが、後ろから声をかけた。
「あと15名でございます」
「わかった」
現在2名、今回の挑戦者は17名ということになる。これはチャレンジのひとつで、祭りの目玉だった。魔王への挑戦権はすべての魔族に認められた権利である。それを娯楽に見立て、ルシファーに稽古をつけてもらおうと考える輩のイベントだ。
魔王と直接戦うことは、勝敗にかかわらず名誉とされる。未来を担う若者や経験を積んだ実力者の力試しに、非常に人気があった。ルシファーは面倒なだけだが、民が楽しそうなので付き合っている。これも強者の義務なのだ。
10年に1度なので、大公達も大目に見てきた経緯がある。前回はリリスが幼かったため、数が少なくイベントとして盛り上がりに欠けた。そのため、通常の倍近いエントリーがあったと聞く。数千人単位の挑戦者は8回以上勝ち抜かないと、魔王の前に出られない仕組みだった。
数か月前から行われたトーナメントを勝ち抜いた自称英雄たちは、真の英雄となるため本気で仕掛けるのが礼儀だ。それに応じる魔王は致命傷を与えないよう跳ねのける。そのやり取りを見るために、お嬢様や奥様方が集まっていた。
ちなみに『魔王チャレンジ』と名付けられたお祭りは、城下町の民にも娯楽として賭けの対象になっていた。バアルが大きな声を張り上げ、賭けの参加者を募る。ピンクの巻き毛がぴょこぴょこと見えるが、溜め息をついたアスタロトが向かったので捕獲されるだろう。
「ベルゼ姉さん、賭けの時に髪の色を変えたらいいのに」
「無理だろうな、ピンクの巻き毛は誇りらしいぞ」
何の誇りだか聞いたことはないが、得意げに胸を張る姿は覚えていた。そこに次の挑戦者が剣を手に一礼する。少し迷ってリリスを下した。さすがに両手が塞がった状態で弾き飛ばすのは失礼だ。左腕にリリスを抱き寄せ、右手に剣を持つ。細身のレイピアに似た剣は、儀礼用の装飾がされていた。
「参る! てぇえええい!」
振り上げた剣は太く大きく、重量だけでルシファーの剣を砕きそうな勢いで落ちた。振り抜かれた剣がブゥーンと不気味な音を纏う。重力に従う剣の質量を、軽く剣を滑らせて受け流した。地面に深く刺さる剣の横を突くと、甲高い悲鳴を上げて鋼が砕ける。
「終わりだ」
「あ、ありがとうございました」
「重くていい剣だが、お前が使うならもう少しバランスに注意しろ」
一言添えて指導したルシファーは、再びリリスを抱き上げた。
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