1189. 観光地へ行く前の片付け

 魔力の受け渡しを行い、体調不良で寝込むルシファーをリリスが介抱する。元気になる頃、リリスが魔力を回収しに森に消える。繰り返されること5回、ようやくすべての翼が白くなる日が来た。


「魔の森から流出する魔力はだいぶ収まったね」


 報告で顔を出したルキフェルは、回復担当で城に帰ってこないベルゼビュートを睨む。書類仕事を避けるため、絶対にテントを離れない彼女は目を逸らした。多少後ろめたさは感じているらしい。


「あと1回か」


 これでリリスと一緒にいられる。怠さを誤魔化しながら、ルシファーは笑みを浮かべた。朝早く木の中に入っていったから、明日の朝には出てくるだろう。うっとりしながら木に抱きつく魔王を、ヤンが後ろから労った。


「よかったですな、我が君」


「ああ、ヤンも護衛ありがとう」


 首筋をわしゃわしゃと撫でられ、フェンリルは森の王者の威厳もなく転がった。この辺は飼い主に撫でてもらった犬同然だ。機嫌よく尻尾を振るヤンに、ルキフェルが苦笑いする。貫禄もへったくれもない。


 ルキフェルとベルゼビュートがテントにいるので、今日の魔王城の留守番はアスタロトだった。ベールはサタナキア将軍を含めた各部隊を指揮して、魔の森の範囲調査に出ている。リリスの指摘を受けて調べ始めたが、森が海のすぐ近くまで迫り出していた。


 有り余る魔力を使い、根と枝を伸ばした結果だ。わずか数日で大木に成長する勢いで、大地を侵略しまくった。人族が住んでいた都の跡地は、すっかり森に飲み込まれている。苔に覆われ、木々の根に割られた石畳が木漏れ日に照らされる様は、一見の価値ありと魔族の観光スポットになった。


「リリスが出てきたら、一度城に戻って……その後で人族跡地に観光に行きたい」


 つい先日も、人族跡地と命名された遺跡跡もどきを見物してきたエルフの話を聞いたばかりだ。人工物を飲み込んだ自然の凄さを感じられると興奮していた。リリスにも見せてやりたい。しかし役目もあるので、一度魔王城に戻って書類を確認しないと……。


 なんだかんだと真面目な魔王ルシファーを、ベルゼビュートが無責任に焚き付ける。


「いいじゃない、ここから行って来れば。仕事なんて帰ってからまとめて片付けるものよ」


「それは片付ける人のセリフじゃん。ベルゼビュートが逃げたせいで、財務の計算が滞ってるからね。この件が終わったら、アスタロトが来るよ」


 言わずもがな、逃げ回るベルゼビュートの回収である。震える彼女に、ルキフェルが思い出したように髪飾りを取り出した。


「そうそう、これ……ベルゼビュートに似合うんじゃない? 貰い物だけどあげる」


「あら素敵。つけてみて」


 金銀の飾り彫りが見事な彫金細工の髪飾りを、ベルゼビュートに差し出すルキフェル。水色の髪の美青年が微笑み、ピンクの巻毛に指先を触れた。傍目には仲の良い恋人同士のように見えるが、実態を知っていると微妙だ。


 何か仕掛けがあるのか? 疑うルシファーだが、余計な口を挟まずに様子見をした。ルキフェル自らが用意したなら、新しい魔法陣の研究あたりか。アスタロトやベールが持たせたなら、捕獲か追跡に使う道具だろう。予測を立てながら見つめる。


「綺麗ね」


 花々や葉のデザインが繊細に刻まれた髪飾りに、ルシファーは目を細めた。あれは……魔法陣、か? 近くで見るとよく分からないが、離れた位置で目を細めると気づく。だが完成していない魔法陣のようだ。髪飾りを乗せたルキフェルは、慣れた様子でアクセサリー固定用の魔法陣を重ねた。


「あ……っ」


 声が漏れて、ルシファーは慌てて口を押さえた。なるほど、未完成の魔法陣を髪飾りのデザインに潜ませたのか。そこに固定用魔法陣を重ねると、両方の線が互いを補い合って、追跡の魔法陣が完成する仕組みだ。


「ルシファー、どうしたの?」


 ふふ……うまくいった。そんな顔で笑う瑠璃竜王に、魔王は首を横に振って無言を通した。なんでもない、そう、オレは何も見ていない。自分に言い聞かせるルシファーは、寝転がったヤンの腹を全力で撫で回した。

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