327. 踊れ、仮面武闘会が始まる

「ルシファー様、いいですか。とにかくリリス嬢から離れないこと。他の男と踊らせないでください」


「当然だ! リリスが他の男と踊る? ……誘った時点で瞬殺だ」


 物騒な内心と殺気が駄々漏だだもれの魔王に、アスタロトはベールと相談を始める。このままでは仮面舞踏会が、仮面武闘会になってしまう。完全に天気予報は「今夜は血の雨が降るでしょう」一択だった。


「皆様、お揃いになられました」


 大広間に招待客が集まったと知らせが届き、物騒な会話はいったん終了となる。アスタロト達はもちろん、ここ数年で魔王の物騒な反応を見慣れたルーサルカ達も怯えはなく、先頭をきって歩き出すルシファーに従った。






「魔王陛下のご入場です」


 リリスと腕を組んで入っていくルシファーの仮面は目元のみ覆うタイプだ。男性陣はこのタイプが多い。逆に女性は顔全体を覆うデザインを好む傾向にあった。顔全体をキャンパスに見立て、様々な模様を描いた仮面は芸術品として評価が高い。


 実は蛇女族ラミア宝小人族スプリガンがこういった細工物を得意としており、ほとんどがこの2つの種族のお手製だった。一点物ばかりなので、お値段はそれなりに高額だ。スプリガンは宝飾品細工も手掛けているため、貴族用に高額な宝石を散りばめた仮面も作っていた。


 今回のルシファーの仮面は紫と銀を多用したもので、右側の縁に黒い羽飾りがつく。隣のリリスは白に銀で蔦に似た繊細な文様を描いた仮面だった。蔦の模様をよく見ると、蝶が潜んでいるという洒落たデザインだ。描いた銀に金剛石の粉を混ぜたため、きらきらと月光を弾くよう工夫されていた。


 仮面舞踏会で正体を明かして入場することは通常ない。仮面=お忍びの意味がなくなる。不文律をわかりやすく破ることで、アスタロト達は警告を発した。つまり、この2人に必要以上に絡むなと。


 今回騒動を起こすであろうご令嬢に対する、最後の優しさ、恩情だった。これを無視するなら裁かれても苦情が出ないよう、先手を打ったとも言えた。


 後ろからアスタロト達4人の大公が続き、その後ろにリリスの側近である4人の少女が続く。それぞれに顔を隠しているが、簪や髪飾り、服装で正体を明確に誇示しながらの入場は華やかだった。


 最初の曲が流れると、ルシファーはリリスへ手を伸ばして腰を屈めた。


「リル姫、私と踊っていただけますか?」


 魔王仕様の『余』でも普段の『オレ』でもない一人称は、後ろで肩を竦める側近達の口調に似ている。くすくす笑いながら「サタン様のお誘いなら喜んで」とリリスは応じた。


 リリスは基本的に運動神経がいい。くるくると踊る少女は、難しいステップを軽やかにこなしていく。教師となったハイエルフのオレリアが驚くほど、リリスは優秀な生徒だった。


 楽しそうに踊るリリスに釣られ、ルーシアが父親とダンスフロアへ出る。続いてアスタロトが手を差し伸べたルーサルカが、さらに兄の手を取ったシトリーも滑るようにフロアに花を添えた。他の貴族もパートナーを誘って踊り始める。


 ダンスフロアのほぼ中央で踊るリリスとルシファーに近づいた1組の若いカップルが、周囲を窺いながら足を出す。次のステップでリリスが踏む予定の場所だが、当然気づいたルシファーが彼女を抱き寄せた。


「ああ、本当に可愛い。リルを抱きしめずにいられないな」


 甘いセリフを吐きながら、ターンの角度を変えて腰を引き寄せる。まるで打ち合わせていたように、リリスはリードに合わせてステップを踏んだ。気づかなかったフリでスルーした2人に、赤いドレスの女性が再度足を引っかけようと伸ばす。


「おや、失礼」


「ごめんなさいね」


 偶然ぶつかった風を装い、ルーサルカとアスタロトが女性の足を踏みつける。丁寧に踏みにじったアスタロトはもちろん、同じ場所にヒールを突き刺したルーサルカも容赦がない。顔をしかめた女性に口だけの謝罪をしながら、義理の父と娘はくるりとターンして離れた。

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