1146. 異常さが際立つ少女の存在

 突然飛び込んだ女大公の剣幕に、エルフ達は慌てて集合を掛けた。ハイエルフのオレリアも転移してくる。集まった多くのエルフに、魔狼にした話を繰り返した。すると思ったより多くの目撃情報が上がる。


「うちの前を歩いていきましたよ、親がいなくて危ないなと思う年齢でした」


「狩りの途中で見ましたね、子供でした」


「少女で剣をもって? エルフの領域では見てません」


 話をまとめ上げると、最終的に絞られた侵入者の数は5人前後。同じ子供を見た者もおり、辺境地をさ迷っているのが現状らしい。通常ならこれで問題ない。魔物が処理するからだ。しかし魔王城に到達した少女を見た者は誰もいなかった。


 エルフも魔狼も行動範囲が広い。自分達が預かる領地も大きいが、周辺を警護する義務を負っているため、歩き回るのだ。魔狼は隣のアルラウネや離れたシルフの森も管理している。エルフ達もラミアやリザードマンとの付き合いが深かった。


 辺境で圧倒的な強さを誇る2強は、エルフと魔狼の群れだった。その彼らが見かけていないなら、あの少女はどこから来たのか。どこを通ったのか。経路を急ぎ洗い出す必要が出来た。すらすらと伝言を鳥の形に作り上げると、飛ばす。どこかで魔王軍が回収するはず。最終的に話が魔王城に届けばいい。


「結局、あの少女のところに話が戻るわけね」


 この辺境地は、人族が魔族の一員と位置付けられていた時期に緩衝地帯があった場所だ。魔の森の境目であり、魔の森ではない通常の木々が生い茂っていた。先日のモレクが放出した魔力のおかげで、今は緩衝地帯の向こうまで魔の森が広がる。


 人族にとって安全な、魔力がない森はほとんど残されていなかった。海岸沿いに多少残る程度か。だから、豊かな森への進出をもくろむのは理解できる。だが……魔の森の木々を切り開いた弊害は、魔族側が負担することになるのだ。見逃すわけにいかなかった。


 子供を送り込んで様子を見て、安全そうなら大人が出て来るのかも知れない。過去の人族の非道な言動を思い出し、ベルゼビュートは警戒心を高めた。


「あの少女を尋問し直すわ。警戒は怠らないで」


「「はい」」


 返事を確認して頷くと、転移で魔王城へ戻った。ちょうど中庭にルキフェルがいたため、今回の騒動を手短に話す。すると彼は考え込んだあと、同行すると言い出した。肩を竦めて許可したベルゼビュートは、地下牢へ足を向ける。


 先ほどの牢の前に立ち、蹲って動かない少女に声を掛けた。先ほどもそうだが、彼女はほとんど話そうとしない。ぶつぶつと壁を見て恨みを並べるだけだった。狂人めいた言動を興味深そうに観察したルキフェルが頷く。


「うん。大体わかった」


 怪訝そうな顔をしたベルゼビュートのために、ルキフェルは魔力を牢の中に送り込む。すると乱れて流れるのがわかった。魔力がほとんど感じられない少女なのに、魔力を向けた途端に反発する。つまり誰かが魔力で干渉し続けている証拠だった。現在時点で、反発する魔力の持ち主と繋がっている。


「これを辿ってみてよ。いる」


 ルキフェル独特の表現に、ベルゼビュートが微笑んだ。この魔力の持ち主は魔王の敵だ。そう判断できるだけの存在が後ろに控えていることに、戦闘狂の精霊女王は興奮を隠さなかった。


「報告は任せるわ」


 集中して魔力を特定したベルゼビュートが、その場で転移を掛ける。城門は魔法が使える場所に指定されているため、地下牢の廊下も該当した。牢内でなければ、制限魔法陣の影響は受けない。思わぬ警備の穴を発見し、ルキフェルは目を見開いた。


 地下牢の廊下にほいほいと転移されたら、罪人の口封じを許してしまう。対策を打つべく応急処置を施すと、慌てて地上へ駆け戻った。魔王軍を束ねるベールに相談しなくてはならない。頭の中で魔法陣の改良図を描きながら、ルキフェルは楽しんでいた。

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