62章 数十回目の魔王城襲撃騒動

855. 魔王城へ激突する何か

 大公女の中で婚約者が確定していないのは、シトリーとルーサルカだ。しかしシトリーは婚約こそしていないが、事実上恋人関係にあるグシオンがいた。彼が温泉地を管理する子爵家の息子であるため、シトリーを守る役目は十分にこなせるだろう。


 ルシファーと同じ考えで、ルーサルカの恋人が空席だと気づいたリリスの提案に唸る。強さは問題なかった。魔王チャレンジで実力は把握しているが、性格に難ありだ。軽すぎるのがマズい。アスタロトの怒りを買いそうだし、何より空気を読まない。場を壊す予感しかなかった。


「アベルは軽すぎないか?」


「あら、意外と見る目ないのね。あの子は一途なタイプだと思うわ」


 さらりと女性特有の「勘」で言い切られてしまい、ルシファーはさらに唸った。女性なら誰でもいいタイプじゃないかと思うが、リリスから見ると違うらしい。


 判断に困るルシファーだが、この件はアスタロトに相談出来なかった。自分の側近だが、ルーサルカの義父でもある。答えを出す前に『アベル襲撃~魔王チャレンジ表彰者殺害事件~』へ一直線だった。ここは本人に確認するのがいいだろう。


「ルーサルカが戻ったら聞いてみよう」


 消極的な方法だが、ルーサルカ本人が望んだ相手を連れて行くのが一番だ。もちろん海の底にいるであろうカルンだと困るが、誰か魔王軍から借りてくる手もある。婚約の前段階なら解消も珍しくないため、経歴に傷がつく心配もなかった。


 正装を含めた持ち物チェックに向かった大公女待ちのルシファーだが、暇はない。膝に横抱きにしたリリスの頬や額にキスを降らせたり、黒髪を撫でるのに忙しかった。そう断ったのだが、ヤンが泣きついてくる。


「我が君、なぜピヨとアラエルが同行するのですか。断ってください」


 騒動が起きたら叱られるのは我ですぞ……そう告げるヤンは必死だった。過去のピヨの所業を思い出すにつけ、確かに危険度は高い。アスタロトの要望でなければ置いて行ってもいいが、断るのも勇気が必要だった。


「気持ちはわかるが、ヤン。お前……アスタロトに同じことを言えるか?」


「無理です」


 きっぱり言い切ったフェンリルに顔を向け、ルシファーも神妙に頷いた。そうなのだ、実質的にベールやアスタロトが決めたことを覆すのは骨が折れる。出来れば素直に受け入れるのが摩擦を減らすコツだった。8万年も付き合えば、嫌でも互いの言動の先を読んで動くようになる。


「ならば諦めろ」


 大きなため息をついたヤンが、絨毯の上に崩れ落ちた。ぺたんと全身を腹ばいで床にくっつけ、不貞腐れた態度を取る。くすくす笑いながら見守っていたリリスが、まるで予言のように呟いた。


「今回はきっとピヨも大人しいわ」


 何か知っているのか? 視線で問うても、魔王妃はすこしズレた鼻歌を歌うだけ。そんなリリスの頬にキスをしたところで、イポスが剣の柄に手をかけて窓を警戒した。


「イポス、抜刀を許可する」


「はっ」


 するりと抜いた剣は丁寧に磨かれ、銀色の刃で光を弾く。横抱きのリリスをヤンの上に下し、ルシファーが溜め息をついた。ヤンとリリスを丸ごと覆う結界を複数枚かける。巨大な何かが激しい音と共に落下し、壁に弾かれて庭を壊した。


「こちらのお庭はいつも壊れるわね」


 リリスはのんびりした声で呟く。彼女の指摘した通り、謁見の間から直接つながる庭は、よく壊されてきた。キマイラ事件で噴水ごと破壊されたのもここだ。


「庭の地下に保護用の魔法陣を刻んだら、経費削減になりそうだ」


 ルキフェルに提案してみようか。肩を竦めたルシファーが、揺れた魔王城の自動修復を見ながらテラスに歩み寄る。リリスに付き添うため動かないイポスの横をすり抜け、テラスの下の惨状に目を見開いた。

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