674. 柳の下の幽霊はシャイでした
ひとまず、先ほどの怪現象の正体を確認しに行くことにした。アベルが言うには、異世界では「怪奇現象」やら「心霊現象」と表現するらしい。異世界で名前が付くほど有名な現象なら、イザヤやアンナも詳しいのではないかと誘えば、嬉々として飛んできた。
「お兄ちゃん、本物のホラーよ! わくわくしちゃう」
「最高だな」
嬉しそうな彼と彼女の様子とは逆に、アベルは腰が引けている。彼はこういった現象が苦手らしい。先頭からベールとルキフェル、ルシファーとリリス、少女達4人、アンナとイザヤ、イポスとアベル、最後はアスタロトの順番で階段を上った。
放熱が終わった廊下は暖かいが、熱くはない。焼失したドアの間から顔を覗かせ、ルキフェルはぐるりと周囲を見回す。ベールと足を踏み入れたが、何も起きなかった。肩透かしだとルキフェルが嘆くが、事態は突然動き出す。
「さっきの子ね」
入り口でリリスは何もいない空間へ微笑みかけた。
「き、きたぁ!!」
大喜びのアンナが兄イザヤを引きずるように前に出る。少女達の脇から部屋を覗き込み、リリスが見つめる先を必死に目を細めて確認した。しかしアンナの目には残念ながら何も見えない。
「……私、やっぱり霊感ないわ」
がっかりする妹をイザヤが引き戻した。廊下まで連れてきて、項垂れる妹を慰め始める。どうやら本気で幽霊という存在を見たかったらしい。可哀想なほどしょげた彼女と裏腹に、見えないと知ったアベルの青ざめた顔色が戻る。こちらは幽霊に遭遇したくなかったのだろう。
「そんなに嫌なら、アベルは残ればよかった……」
「僕一人の時、下の部屋に出たらどうするの!? 怖いじゃん」
被せ気味の声に本音が溢れ出たが、なんとも情けない言い分だった。呆れ顔のイポスが肩を竦める。この世界では男女問わず十分すぎるほど強いし、死んだら魂は残らないと考えられてきた。魔力が強ければ、多少の残留思念を漂わせることはあるが、それも魔力が尽きれば消える。
幽霊という概念が存在しない。母なる魔の森に吸収される死を、遺された者が惜しむことはある。本人が嘆きや悔いを残して死を拒むことはなかった。ある意味、成仏率100%だ。
「何かいる?」
「わからないわ」
「リリス様にだけ見えるの?」
「私も見えないぞ」
少女達はなんとか見えないものか、角度や立ち位置を調整してみる。残念なことに、姿はおろか気配も感じられずに肩を落とした。リリスが見えるのなら、自分も見たかった。本音はそこにしかない。それが幽霊でも悪魔だろうと関係なかった。
「リリス姫、誰か見えるのですか?」
ベールの問いかけに、リリスはきょとんとした顔で頷いた。まるで他の者に見えないのが信じられないと言わんばかりの表情だ。ルシファーが心配そうにリリスを抱き締める手に力を込めた。
「……オレにも見えないぞ」
「僕も見たい」
連れ去られたら困るとホールドされたリリスは、純白の髪を握りながら首をかしげた。ルキフェルは不満そうに唇を尖らせる。珍しい現象ならなおのこと、体験しておきたかったのだろう。研究熱心な青年に、ベールが先ほど見た靄を説明し始める。
「ねえ、何かあるの?」
リリスは同じ場所に向けて語り掛ける。そのすぐ下の床は、シミが残っていた。何か液体が染みこんだ跡というより、燃やした煤がこびり付いたように見える。そこを示して何か告げたらしい。リリスは大きく頷いて手を振った。
「わかったわ。さようなら」
誰かを見送る仕草を終えると、強く抱きしめて離さないルシファーの腕をぽんと叩いた。視線を合わせたリリスがにっこり笑い、無邪気に言い放つ。
「ルシファーの持ってる、呪われた曰く付きの品を全部出して」
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