502. 唐揚げパーティーの乱入者

「大変です! アムドゥスキアスが起きたようです」


 ベールの報告に、アスタロトは書類に署名してから顔を上げた。騒いでいる理由がわからない。とくに魔王と敵対する勢力でもないし、起きても問題など……ありましたね。


「どこへ行きました?」


「先ほど第一師団からの伝令が入ったのですが……陛下の向かわれた海がある外縁方面です」


 ベールが溜め息をついて地図を取り出す。ルシファーやベルゼビュートが向かった方角に近い場所を指さした。おそらく遭遇しただろう。


「私が向かいます。後は任せます」


 執務室を飛び出し、中庭へ向かう。何やら数人声を掛けられたが、対応している時間はなかった。転移が使える中庭の地面に、大急ぎで魔法陣を展開する。


「無事でしょうか」


 口をついて出た心配の言葉を残し、アスタロトの姿は中庭から消えた。






「アスタロト?」


 空中を睨んだルシファーの呼んだ名に応えるように、目の前に金髪の側近が現れた。リリスと同じ赤い瞳が見開かれ、状況に首をかしげる。


 ところが突然転移してきた側近に対し、ルシファーも疑問を浮かべて首を傾けた。互いに見つめ合ったまま、ルシファーの腕に抱かれたリリスが唐揚げをフォークで突き刺す。


「パパ、あーん」


「あーん」


 反射的に食べさせてもらったルシファーの口がもぐもぐ動く。リリスは満足そうにもうひとつ突き刺し、アスタロトに向けて差しだした。


「アシュタも、あーん」


「あ、私は結構ですので……リリス嬢が食べていいですよ」


 言いながら、そっとフォークの向きを変えて彼女の口に放り込む。眠っていた古代竜のアムドゥスキアスが目覚めたので魔王を探すために転移したら、なぜか唐揚げパーティーが開かれていた。ベルゼビュートも含め、この場には視察に来たはずだが?


 アスタロトの眉がひそめられる。少し先で翡翠ひすい色の小さなドラゴンが唐揚げを齧っていた。器用に爪を立てて引きちぎりながらくちばしつついてる。近づいて、無防備な翡翠竜の首根っこを掴んでぶらさげた。


「何をなさるのですか! ……おや、お久しぶりですね。アスタロト大公閣下」


 礼儀正しいアムドゥスキアスの態度に、アスタロトは言葉を探す。彼は長く眠っていたが……その間に記憶をなくすような事件でもあったのか。


「お久しぶりです、アムドゥスキアス」


 隠しているだけかもしれない。用心深く彼の出方を探りながら、ミニチュア竜の目を覗き込んだ。きらきらと輝く金色の瞳を瞬かせたアルドゥスキアスは、鋭い爪のある両腕で掴んだ唐揚げを持ち上げる。首を掴まれたまま、唐揚げを齧った。


 彼の両手がぬらぬら濡れているのは、リリスお気に入りの柚子ドレッシングをたっぷり塗したからだ。酸味と香りのハーモニーを楽しむドラゴンに、悪意はなさそうだった。


「失礼しました。いつ目覚めたのですか?」


「さきほどですよ。空を飛んでいたら落ちまして」


 空の覇者と言われるドラゴン種が落ちるというのは、ありえない。事情を探ろうとしたアスタロトに、ルシファーが説明した。


「リリスが落とした」


「……雷、ですか?」


「いや。今回は咆哮だ」


 自領の城でオーク達魔物を薙ぎ払ったリリスの魔力を込めた咆哮を思い出し、アスタロトが額を押さえる。あれが直撃すれば、ドラゴンでも落ちるだろう。


「あおーんってしたの!」


 次の唐揚げを突き刺したフォークを前に、嬉しそうなリリスが声をあげる。ぱくりと唐揚げを頬張る姿は可愛いが、あれこれと叱るべき点が脳裏を踊りながら横切った。説教は帰ってからにしましょうか。そんなアスタロトの考えを察したリリスが、ぷくっと唇を尖らせた。


「ちゃんと謝ったもん! リリスは『いいよ』ってしてもらった」


「ええ。もういいですよ。ご飯も貰いましたし」


 小型竜は金の瞳をとろりと和らげながら、手にした唐揚げをすべて口に放り込んだ。ドレッシング塗れの手の処理に迷い、アスタロトのローブの袖にしがみ付くフリで拭う。


「気づいています、やめなさい」


 アスタロトが嫌そうに洗浄して、ついでにアムドゥスキアスを丸ごと洗ってから下した。彼が小型化している理由もわからないが、隣で唐揚げを頬張る小型犬も意味がわからない。魔力でヤンだと判明しているが、なぜ2匹揃って小さくなっているのか。


「ご説明くださいますね、陛下」


 吸血鬼王の笑顔に、ルシファーは簡単そうに返した。


「リリスの攻撃が腹に当たって落ちたのだが、なぜか奴の性格が変わっていた。大人しいし礼儀正しいから、これはこれで可愛いぞ」


「かぁいいぞ」


「リリスが一番可愛い!!」


 黒髪に頬ずりするルシファーに、リリスも頬ずりをし返す。話の趣旨がズレた魔王と魔王妃候補を無視して、考えを纏めるためにアスタロトは腕を組んで状況を整理し始めた。

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